連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年12月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。新年第一回は昨年十二月に刊行された本の中から。

千街晶之の一冊:冲方丁『骨灰』(KADOKAWA)

 冲方丁が尋常ならざる筆力の持ち主であることは『マルドゥック・スクランブル』などの代表作をお読みの方ならご存じだろう。その筆力が、ホラーの方向に振り切れた時にはこんなにも怖い小説が出来上がるのか……と戦慄を禁じ得ないのが、著者初のホラー長篇『骨灰』である。渋谷駅の東棟地下にまつわる怪しい噂。それを確認するため地下に降り立った主人公が目撃したものとは……。渋谷駅が現実にも複雑極まる構造であることが物語に異様なリアリティを付与しており、ホラーの秀作が多かった今冬の新刊の中でも怖さではずば抜けていた。

若林踏の一冊:鴨崎暖炉『密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック』(宝島社文庫)

 秀逸な密室トリックを詰め込んだデビュー作で謎解き小説ファンを唸らせた著者が、またもや密室づくしの物語で楽しませてくれる。今回は探偵系ユーチューバーやら探偵系シンガーソングライターやら変人ばかりが集う絶海の孤島で密室の謎が描かれる。奇抜な設定とは裏腹に丁寧な謎解きが展開するのは前作同様だが、本作では更に派手で大掛かりなトリックが連発するのだ。なかには「流石にそこまでやるか!」という仕掛けもあるのだが、きちんと余詰めを排した推理が提示され納得するのだから恐れ入る。豪快さと緻密さのバランスが実に良い。

酒井貞道の一冊:青崎有吾『11文字の檻』(創元推理文庫)

 所収短篇八本の作風がいずれも全く異なる。順に、捻りのきいた推理(平成回顧の側面含む)、ロジックもトリックも素敵な謎解き、人気漫画の二次創作であるキャラクター小説、掌篇二作(うち一篇は奇妙な味に踏み込む)、巨大ロボが登場するSF、シスターフッド・アクション、ディストピア小説+ロジックである。白眉は最後に配置された表題作だが、他も実に良い。何より、この一冊を読めば、作家性どころか、青崎有吾がどういう趣味人か相当程度わかる。一人の作家が「本体」を曝け出し、実作上で面白くまとめ上げているのだ。素晴らしい。

野村ななみの一冊:高野和明『踏切の幽霊』(文藝春秋)

 高野和明11年ぶりの長篇だ。1994年、とある踏切では髪の長い女性の幽霊の目撃情報が相次いでいた。気乗りしないまま幽霊の正体を調べ始めた雑誌記者の松田だが、やがて心霊騒動に隠された仄暗い事件に気がつく。元新聞社の社会部記者だった彼の経験が活かされた取材過程は読みどころで、心霊ネタの調査にも関わらず社会派ミステリの趣たっぷり。何より、現実の事件と幽霊の存在、ミステリと怪異譚が違和感なく交差する展開に頁を捲る手が止まらなかった。いつの時代にも怪異譚が存在する理由を考えずにはいられない、傑作ミステリである。

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