『電撃G’sマガジン』伝説連載『シスタープリンセス』の衝撃と魅力 漫画家・ユキヲが語る天広直人への葛藤からの脱却

■伝説の雑誌の伝説の読者参加企画

 雑誌『電撃G’sマガジン』をご存じだろうか。あの『ラブライブ!』シリーズもこの雑誌から始まったのだが、1999年に読者参加企画として始まった伝説的な連載が『シスタープリンセス』(以下、シスプリ)である。

 シスプリは『ラブライブ!』シリーズにも関わる公野櫻子が原作を、そしてキャラクターデザインとイラストを天広直人が手掛けた。兄(読者)のもとに突然9人の妹が登場するというぶっ飛んだ内容(しかものちに3人が追加され、12人になる)と、天広が描くかわいらしい妹たちが、全国の“お兄ちゃん”たちをメロメロにした。その反響の大きさゆえ、一時期は電撃G’sマガジンの表紙が毎号シスプリになり、ゲーム化のほか、アニメ化もされるなどメディアミックスが展開された。

 二次創作も盛んになり、コミックマーケットではサークルの申し込みが殺到。妹ごとにサークルが分類されるほどだった。シスプリをきっかけに同人活動を始めたり、イラストを描き始めたというプロも少なくない。漫画『邪神ちゃんドロップキック』などの作品で知られる漫画家のユキヲも、シスプリに影響を受けた1人である。天広を敬愛するというユキヲが、その出合いを語ってくれた。

 「本屋で『シスプリ』の絵を初めて見たとき、すっごいかわいい絵があるなと思った。なんと言っていいのかわからないけれど、とにかく、この絵はかわいいなと見入ってしまいました」

 無類のゲーム好きのユキヲは、それまでも格闘ゲームの女性キャラクターのかわいさに引き込まれることは何度かあった。しかし、シスプリは今までの作品とは何かが違っていたという。いったい何がそこまで、衝撃的だったのか。

 「シスプリについては、様々な方がその魅力やヒットの要因を語っておられます。12人の妹を登場させるという企画の勝利だと言う人もいますが、僕は天広さんの絵の魅力がヒットに繋がったと考えています。なぜ、こんなにかわいいのか。当時、ものすごく研究したのを覚えていますよ。僕が考える魅力のひとつが“目”だと思います。妹たちの目がとにかくかわいいんですよ。そして、天広さんがデザインするファッションのセンスも凄くて、何を描いてもまったくダサく感じなかった。あらゆる面で、今までの電撃G’sマガジンのコンテンツとは違っていました」

 ユキヲが指摘するように、天広が描き出す妹たちの絵には洗練された美しさがあった。そして、それぞれに明確な個性があった。ユキヲが好きな妹(当時のファンは、今でいう推しキャラを“マイシスター”、通称“マイシス”と呼んでいた)は、雛子、花穂、亞里亞の3人だ。亞里亞はロリイタ服をまとい、フランス人形のような雰囲気を醸し出している。ユキヲは自身の漫画『武蔵野線の姉妹』『邪神ちゃんドロップキック』などに、ロリイタ服を着たキャラをたびたび登場させているが、そのルーツは、シスプリにあるように思う。

 「僕が本格的にイラストや漫画を描き始めたのは、間違いなくシスプリの影響です。シスプリがきっかけで、電撃G’sマガジンに初めてイラストを投稿しました。シスプリの同人誌を制作し、コミックマーケットにもサークル参加するようになりました」

 余談だが、筆者は友人が持ってきた電撃G’sマガジンでユキヲが投稿した花穂のイラストが目に留まり、「上手い絵を描く人だなあ」と感じたことを鮮明に覚えている。その相手に今こうしてインタビューをしているのは、運命的な感じもする。シスプリをきっかけに同人活動を始めた人は多く、投稿者同士の交流も活発に行われていた。様々な出会いの場を生み出すきっかけを生んだ点も、特筆されるべきことだろう。

■漫画家として前に踏み出すため、シスプリを封印

 さて、本格的に漫画を描き始めたユキヲだったが、次第にジレンマに陥るようになっていったという。いつしかコミックマーケットで同人誌を頒布すると行列ができ、商業誌からの執筆依頼も舞い込むようになっていた。しかし、いつまでも天広を意識しすぎ、その影響から脱することができない自分に悔しさを感じるようになったのだ。

 「天広さんを追っている限りは、自分は作家としてダメになると思うようになりました。というのも、今まで描いていたものが天広さんの模倣に見えてしまい、ものすごくジレンマを感じたんですね。電撃G’sマガジンは毎号買っていたのですが、あるときを境に、きっぱり買うのをやめました。見ないようにしようと思って、封印したんです」

 しかし、ユキヲの天広への尊敬の念は今も変わらない。「もっとも尊敬するイラストレーターは誰ですか?」という質問に、「天広さんです」と即答するほどである。

 「当時は天広さんを追い越そうと思って頑張ったけれど、20年経った今でも、天広さんより凄いものを生み出せているという実感が、自分の中にはないんです。それでも、天広さんがいたおかげで自分は漫画家を続けていれられる。実は一度もお会いして話をしたことはないのですが、本当に感謝しています。僕にとって天広さんは永遠の目標なのです」

 そう語るユキヲの目からは、並々ならぬ天広への想いが感じられた。

  2020年、シスプリは誕生から20周年を迎えた。それを祝して、妹のひとり、可憐がVTuberデビューしたり(後に4人の妹もデビューした)、秋葉原でポップアップショップが設けられて新作グッズが販売されるなど、話題には事欠かない。今なお、愛されるメガコンテンツであることは間違いないだろう。

  シスプリの偉大な点は、当時のギャルゲー・美少女ゲーム界隈に与えた影響の大きさだけにとどまらない。ユキヲがそうであるように、クリエイターを志す人々に衝撃を与え、その中から漫画家やイラストレーターが数多く輩出されたことにあると筆者は考えている。

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