「僕たちは音楽業界に革命を起こした」 アルファレコード設立者・川添象郎が振り返るプロデューサー人生

尾崎豊との思い出

――あと尾崎豊の5枚目のアルバム『誕生』に携わったエピソードも印象的でした。あの作品のサウンド面について触れられることは少ない気がしますが、当時の最先端のロックとして申し分ない仕上がりで、それが川添さんのプロデュースによるものだと知ったのは発見でした。

川添:彼がすごい勢いでプロデュースしてくれと食い下がってくるから『誕生』に僕が関わったんです。ギタリストのエディ・マルティネスやブルース・スプリングスティーンやボン・ジョヴィのエンジニアを務めたラリー・アレクサンダーとか、腕の立つアメリカ人に参加してもらいました。

 それにしても尾崎君は、とっ散らかってましたね(笑)。彼自身はすごい純粋でいい青年なんですが何かでハイになっている時は具合が悪くなっちゃう。作品のレコーディングが始まってから、僕は一度ヨーロッパに行って、アメリカにまた戻ったら「ミュージシャンたちがホテルでふてくされている」と。

 彼らに理由を尋ねると「尾崎のレコーディングがやりづらいし、暴れるから嫌だ」と言うんです。仕方ないからミュージシャンには「金払ってるんだから、ちゃんとやれバカヤロー」と、尾崎には「ちゃんとやらないと承知しないぞ!」と言いましたね。そうしたら、すっかり大人しくなって(笑)。ようやく出来あがったアルバムなんですよ。

――なるほど。

川添:また頼まれて、次の作品もプロデュースする約束をしていたんですが、その晩に亡くなってしまったんですね。もし彼が生きていたら、2年間はライブや音楽活動を休止させて、主演映画を3本と主題歌を制作しようと思っていました。音楽から一度切り離して、俳優としてジェームス・ディーンの『理由なき反抗』みたいな青春映画を作って、映画スターにして売る戦略でいこうというイメージがあったんです。本当は、心に余裕を持たせた方がいい曲を作れるミュージシャンだったと思います。

――そうした視点もプロデューサーならではですね。どのお話も、日本のポップスの歴史における重要なお話だったと思います。改めて、川添さんが考えるプロデューサーの役割を教えてください。

川添:プロデューサーがいることによって企画を膨らませることができます。アーティストが全部作ってしまうと客観性がないので、それをどう膨らませて売り出すかということが大事。そのためにマーケットの状況をイメージして制作するのも、それにどうやってアクセスさせるかも大事です。

 例えば青山テルマ feat.SoulJa「そばにいるね」は100万枚売れたんですよ。ダウンロードは1000万。なぜそれができたかというと、独自のマーケティングをして、大手の広告代理店に持って行ってCMに使ってもらったり、作品をどう広げていけるかとアクションしたのも成功の要因だったと思います。

■書籍情報
『象の記憶 日本のポップ音楽で世界に衝撃を与えたプロデューサー』
川添象郎 著
定価:本体2,300円+税
発売日:2022年7月30日
発行元:DU BOOKS
発売元:株式会社ディスクユニオン

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