連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年7月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。

 12回、丸1周年を迎えたのを記念して、今回から監視塔に新メンバーが加わりました。橋本輝幸さんです。7人体制となって、これからも良作をどんどん紹介していきますよ。

千街晶之の一冊:五十嵐律人『幻告』(講談社)

 裁判所書記官の主人公・宇久井傑は、過去の自分に現在の自分が乗り移るタイムスリップを経験することで、強制わいせつ罪で有罪判決を受けた実父が冤罪だったのではという可能性に突き当たる。だが、彼の行動が過去に影響を及ぼし、最悪のかたちで未来が書き換えられてしまう——。時間SFと法廷ミステリという意表を衝く組み合わせに驚かされるが、デビュー以来の「すべてのエピソードを無駄なく使い切る」という著者の作風が最良のかたちで効果を発揮している点にも注目だ。型破りな裁判官・烏間信司のキャラクター造型も印象に残る。

酒井貞道の一冊:岩井圭也『最後の鑑定人』(角川書店)

 愛想のない科学鑑定人・土門が事件を解決する連作短篇集である。土門はある事情で科捜研を辞めており、鑑定所を設立して寄せられた依頼に科学的に対処する。彼は探偵役ではあるが、直感や推理は添え物で、武器はあくまで科学的分析能力だ。これを徹底しているのが良い。また登場人物の描き方が実に丁寧だ。真実が必ずしも幸せに繋がらないという本連作の裏(?)テーマを、運命・皮肉・悲劇・因果応報などと単純化せず、各人物人生を実在感と解像度豊かに素描する。しかもこれを、手際よく手短にまとめてくれるのだ。素晴らしい筆力。

藤田香織の一冊:矢樹純『残星を抱く』(祥伝社)

 重い、苦しい、痛い、酷い、救いがない。日本推理作家協会賞短編部門を受賞した『夫の骨』で注目度も跳ね上がった矢樹純の新刊は、息苦しさMAXの長編作だ。県警捜査一課に勤める夫には話せぬ出来事を抱え、不穏な気配に怯える柊子のもとに<彼を殺したのは誰か。答え合わせは次に会う時に>と書かれた用紙が届く。言えずにいた、聞けずにいた、知らされずにいた事実が次々と明らされ、重なりあった過去が暴かれていく。まったく容赦がないストーリーなのに、やるせなさと切なさも凄まじく、読後、あぁ、と空を見上げてしまった。タイトルも巧い!

野村ななみの一冊:桜庭一樹『紅だ!』(文藝春秋)

 詠坂雄二『5A73』、浅ノ宮遼/眞庵『情無連盟の殺人』も好みで迷ったけれど、今月は桜庭さんのバディもの&書きおろしである本書を。新大久保に探偵事務所を構える紅と橡が、それぞれ違う事件に巻き込まれるところから物語は始まる。ある出来事以降、互いの距離を測りかねている紅と橡の関係性もいいが、紅の依頼人である謎の少女にとても惹きつけられた。「弱いまま最強というパラダイムシフトを達成する」と言う彼女の背景に何を見るかは、読者によって異なるだろう。徐々に繋がっていく事件と、登場人物たちが迎える結末は鮮やかである。

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