あなたが最後に会いたい人はーー“泣ける以上”のエンタメ小説『さよならの向う側 i love you』が伝えるメッセージ

 発売半年で累計2万部を突破した連作短編小説『さよならの向こう側』(著・清水晴木)の続編となる『さよならの向う側 i love you』が5月、マイクロマガジン社より発売された。TVドラマ化も決定した本シリーズは、亡くなった人々の“最後の再会”を描いた感動作だ。

「あなたが、最後に会いたい人は誰ですか?」

 それぞれの人生を送り、それぞれの事情で命を失った登場人物たちは、「さよならの向こう側」と呼ばれる乳白色の空間で目覚め、“案内人”にそう問いかけられる。生まれ変わる前に、最後に一日=24時間だけ現世に戻り、会いたい人に会うことができるというのだ。

 最後に会いたい人――。多くの人は当然、家族や恋人、親友など、身近にいる大切な人を思い浮かべるだろうし、本作でもほとんどの登場人物がそう願う。しかし、ことはそう簡単には進まない。「会えるのは自分の死をまだ知らない人だけ」という、捉えようによっては極めて意地悪で、しかし現世に与える影響等を踏まえれば妥当とも思える条件があるためだ。そして、この“縛り”が本作を「泣ける」以上の優れたエンターテインメント作品にしている。

 親しい人たちが選択肢からほぼ除外されてしまうなかで、それぞれに個性的な登場人物たちは、いったい誰に会い、どのように思いを遂げるのか――。そんな問いとともに本作を読むと、一種の謎解き/ミステリ作品としても楽しむことができる。

 そのためなるべくネタバレのないよう話を進めるが、叙述トリックに近い仕掛けが施されたエピソードもあり、読者が「自分だったらこうする」と考えるだろう、ルールの穴をつくようなアイデアも、ほぼ作品のなかで試みられたり、言及されたりしているのが面白い。「現世で過ごす、最後の一日」という究極のテーマに向き合うなら、多くの人がやりたいこと、やれることを考え抜くはず。本作にはそのリアリティがあり、だからこそ、一人ひとりの人生が、決断が、涙が、胸に迫るのだろう。

 特に『さよならの向う側 i love you』の第3話、タイトルにも採用されている「I Love You.」というエピソードにおいては、「大切な人に直接会えないなかで、どうやって思いを伝えるか」をただひたすらに考え、限られた時間のなかで自分にできるすべてを実行した、ある人物の行動に深く感動させられる。その感動を引き継いで展開される最終話「糸」を読み終えたとき、読者は映画館を出るときのような心地よい喪失感を味わいながら、さらなる続編への期待を膨らませるだろう。

 上述のように、本作はオムニバス形式の連作短編小説であるため、前作『さよならの向こう側』、今作『さよならの向う側 i love you』を含め、基本的にどのエピソードから読んでも、楽しむことができる。しかし、できれば前作から順を追って読み進めることをお勧めしたい。

 その理由として、“案内人”の仕事や人物像が徐々に明かされていく楽しみがある。「さよならの向う側」の案内人として千葉県の一部地域を担当する「谷口健司」は、基本的に飄々としていて、どこか抜けたところもあるように見えるが、各話の主人公たちに寄り添い、ときにさり気なく、思いを遂げるためのヒントを与える好人物だ。色とりどりのエピソードをつなぐ彼がなぜ、常に「マックスコーヒー」を2本持ち、粘り強く死者と向き合っていくのか。『さよならの向う側 i love you』で明かされる真実をより深く噛みしめるために、ぜひ前作から読んでほしい、と思うのだ。

 また、舞台が「千葉県の一部地域」に限定されているだけに、順を追って読み進めてきた人へのご褒美のように、過去のエピソードで強い印象を残した人々が再登場するのも楽しい。「最後の別れ」を経験するのは当然、各話の主人公だけでない。いわば“見送った側”のその後の人生を垣間見るとともに、主人公たちが残してきたものを再認識できるのが、「死」よりも「生」を深く描く本作の大きな魅力になっているように思える。テレビドラマ化の詳細は未発表だが、是枝裕和監督『ワンダフルライフ』のような、素晴らしい映像作品になるに違いない。

 本作は、死してなお変わらない愛を伝える物語であり、取り返しがつかないことを少しだけ取り返す物語であり、半身を失ったような悲しみを癒す物語であり、現世を生きる我々に大切なことを気づかせる物語だ。本作を読み、自分が「さよならの向こう側」から現世に戻ってきたという気持ちで、一日を過ごしてみてはいかがだろう。「会いたい人に会える」よろこびを感じながら。

書籍情報

『さよならの向う側 i love you』
https://micromagazine.co.jp/book/?book_no=1352
著:清水晴木/装画:いとうあつき
ISBN:9784867162880
定価 :1,870円(本体 1,700円+税10%)

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