連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年3月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。

 まん防が全国で解除になりましたが、まだまだ油断は禁物。読書を楽しみながら健康第一でお過ごしください。さて今月のミステリー界は、と言いますと。

野村ななみの一冊:潮谷験『エンドロール』(講談社)

 コロナによって不利益を被った若者が、自殺という方法で社会に反抗するようになった202X年。自殺を肯定する「自立主義」と呼ばれる思想が流行る中、ある事情でその思想を否定しなければならない主人公は、自殺か他殺か分からない不自然な死に直面する。

 若年層にとってのリアルなコロナ禍、強者と弱者、物語論。描かれるテーマは重く、自立主義者の気持ちも分かる部分がある。だが、全体の雰囲気は不思議と暗くない。世界は残酷で生と死の価値さえも揺らぐ。それでも、物語には人を救う何かが秘められている。そう思わせてくれる作品である。

千街晶之の一冊:潮谷験『エンドロール』(講談社)

 前作『時空犯』で、使い古されたかに見えたタイムリープという設定に新風を見事に吹き込んだ潮谷験が、またもやってくれた。今回の作品の背景は、新型コロナウイルスのせいで若者の自殺が急増した社会。自殺の是非をめぐる問答というモチーフ自体にさほど新味はないのに、この作家が取り上げるとどうしてこうも先が読めない物語へと化けるのか。異形のロジックが大好きな読者に強くお薦めしたい異色ミステリだ。なお、三月刊行の作品では、「組織犯罪対策課 八神瑛子」シリーズ中でも最高に熱い深町秋生『ファズイーター』もお薦めの一冊。

酒井貞道の一冊:松城明『可制御の殺人』(双葉社)

 巻頭に置かれた表題作は、第42回小説推理新人賞の最終候補であり、大学院生間での殺人を描く倒叙ミステリ形式だ。しかし本作最大の特徴は、終盤に起きる異様な事態であり、ここで物語は一気に変容する。その後の五篇は、謎解きミステリとして個別に成立しつつ、連作を通じて、謎の人物(としか書きようがない)鬼界の目的や正体を徐々に迫っていく。しかもその過程では、ヒントや伏線の丁寧な配置のみならず、誤解や時系列の混乱の種を撒き、更には衒学すら用いて、読者を惑乱に追いやるのだ。やり過ぎてわかりにくい面もあるのはご愛敬。

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