芥川賞作家・遠野遥『教育』は反教育的なディストピア小説? 「やってる感」を出して今をごまかす世界

 変な淫夢を見ているようだった。

 2020年に『破局』で芥川賞を受賞した遠野遥。彼の受賞後第1作にして初長篇となる『教育』は、現実とどこか異なる世界にある、独特過ぎるシステムの敷かれた全寮制の学校が舞台となる。

 その学校では、1日3回以上オーガズムに達すると成績が上がりやすいとして、生徒に自慰行為用のポルノ・ビデオが供給される。オーガズムを得るために、生徒同士がセックスをすることも珍しくはない。男子生徒の〈私〉は同級生〈真夏〉と恋愛抜きの、成績向上のための肉体関係を結んで半年ほどになる。だが、二人の関係は突然終わりを迎える。真夏が演劇部部長の樋口から告白され、それを受け入れるというのだ。

 なぜ、こんな学校に入学したのか? 彼らの親はどう思っているのか? 読者が不思議に思うだろう、過程についての説明は作中でほとんどない。細部はあえて曖昧にされており、誰かのぼんやりとした夢の世界を覗いているような感覚に陥る。

 上級生にハラスメントを受けても耐え忍ばなければならない、厳しい上下関係。至る所に監視カメラが設置され、プライベートなど存在しないに等しい管理体制。クラスによって住む部屋のグレードも変わる、学校内格差。そんな現状に違和感を抱く女性たちによって、〈真夏〉と別れた後も理不尽な環境に順応し続け、淡々と生きる〈私〉の目は覚まされようとする。

 〈私〉と同じ翻訳部に所属し、部室でセックスをする部長と副部長に目もくれず、小説ばかり読んでいる下級生の〈海〉。セックスについてどう考えているのかと〈私〉に問われた彼女は、こう答える。〈他人の体の一部を自分の中に入れるなんて、恐ろしいです。異常ではないですか?〉。

 偶然知り合った催眠部の生徒〈未来〉によって、催眠術をかけられる〈私〉。公立高校に通う女の子となって、〈私〉は彼女の半生を辿ることになる。精神面の不調で高校を中退した女の子は、家族からの無言の圧力で社会に出ざるを得なかった。ケーキ屋の採用面接でセクハラまがいの質問を受けたこともあった。いくつかの仕事を転々とした。そして20年に渡り、遊園地でのアルバイトを続けた。その末に得たのは、正社員が恩着せがましく告げる通算2度目の時給50円アップだった。

 取るに足らない数字を大層なものと思うよう仕向けられるのは、〈私〉にとって実は覚えのある光景である。学校では超能力の習得を目的にカリキュラムが組まれているらしく、授業の後には能力を試すテストが行われる。4枚のカードから1枚だけ入っている当たりを引いたら正解となり、その通算成績で進級か落第かが決まる。〈私〉の今期の正答率は、だいたい27.5%前後。最終的に27.5%以上をキープすると、上から2番目のクラスに進級できる。

 生徒たちは成績を上げようと必死だが、傍から見ると滑稽で可笑しい。この程度の数字で、超能力者として世に出られるのだろうか。たとえば、どこかの情報機関に所属して機密情報を入手するなど、できるはずもない。

 そもそも学校を運営する側は、生徒を教育する気があるのかも怪しい。授業は録音済の音声を流すだけ。正解のカードを引くコツを教えてもくれない。教員たちは生徒に睨みを利かせ、体罰を加えるためだけに存在しているようだ。学校生活に疑問を感じるようになった元パートナーの真夏は、現実を直視しようとしない〈私〉に友達としてこう忠告する。〈ねえ、先生の言うことに従っていれば大丈夫とは限らないよ。ちょっとは自分で考えないと、勇人が壊れちゃう〉。

関連記事