ライトノベルは“現実”とどう響き合うか パンデミックを描いた『鹿の王』が映画化される意義を考察
一方で、コロナのパンデミックで変容した現実が描かれた作品として、川端裕人による『空よりも遠く、のびやかに』(文春文庫)がある。主人公は高校生になってスポーツクライミングを始めた瞬。2020年に開催される予定だった東京オリンピック出場を目指していたが、延期となったことで瞬を始め世界のクライマーたちが結束し、世界中にある岩壁などを上って配信活動を行うことで、困難な状況を乗り越えようとする。
現実では、2021年夏に東京オリンピックが開かれ、スポーツクライミングも行われた。そこから得られた感動ももちろん忘れられないが、本書でも、困難に打ち勝とうと奮闘するクライマーたちの心意気に、胸が詰まる。まだまだスポーツ界でも苦境が続くなかで、現実になってほしいと願ってしまう物語だ。
また、コロナ禍から離れると、フィクションの世界が現実となり、さらに超えていったとして大いに話題になったのが、白鳥士郎による『りゅうおうのおしごと!』シリーズだ。
将棋界で最高位の竜王を最年少で獲得した九頭竜八一が、弟子にした小学生女子の雛鶴あいと、女性として初のプロ棋士四段に挑んでいた空銀子との関係に揉まれる、というラブコメ的な展開のなかで、将棋の世界で生きる大変さが描かれる。
この小説に書かれた八一の最年少タイトル獲得記録に現実世界で迫ったのが、藤井聡太二冠だ。棋聖と王位という二冠を作中の八一より先に達成し、叡王という三冠目にも近づいている。それどころか竜王への挑戦者決定戦に駒を進めていて、これらに勝った上で王将戦や棋王戦でも勝てば、年度内に六冠も可能というから驚くばかりだ。
ポジティブな意味でもネガティブな意味でも、フィクションとして描かれたものがときに現実とリンクし、また現実がフィクションを追い越していくことがある。映画『鹿の王 ユナと約束の旅』が公開延期となったことは残念だが、晴れて公開されるときには、現実の困難が解消され、作品に共感しながらもより純粋に楽しめる状況になっていることを祈りたい。