『建築知識』編集長に訊く、バズる専門誌の作り方 大きな転換点となった“猫のための家づくり”

これからの家づくりを展望しながら新たな企画を考える

ーーイラストレーターなど絵を描く人々に向けた企画も人気ですね。

三輪:はい、きっかけは2018年12月号の「一生使えるサイズ事典 住宅のリアル寸法」特集でした。この号がなぜか絵描きさんたちにもすごくウケたんです。それで建築の寸法知識とパースの基本を融合した『いちばんやさしいパースと背景画の描き方』(中山繁信著)という書籍を作り始めました。でも雑誌の特集として、建築の寸法知識にさまざまな絵師さんのテクニックを融合するのもありかもと考えたのがきっかけです。私には元ジブリのアニメーターで『最速でなんでも描けるようになるキャラ作画の技術』の著者である室井康雄氏とのお付き合いがありました。彼から、いま漫画やイラストの世界はアニメの影響を受け、立体をしっかり意識してキャラクターや背景を描くようになっていることを知り、その需要の高さを予測することができました。漫画やアニメ、ゲームなどの分野では、背景のリアルさが作品の出来を左右するらしいのです。

 世の中には絵画の技法書はたくさんあるので、市場性はあくまで『建築知識』のフォーマットの延長線上にあると考えました。リアルさを出すための絵の描き方を解説している部分ももちろん大事なのですが、『建築知識』ならではの「建物の資料集としていかに充実させられるか」をより重視しました。誌面では、住宅の部位名称や寸法などを部屋別に掲載しました。また階段の段数や蹴上げ踏面の寸法を割り出す計算などは、設計者なら知っていて当然の話ですが、そうでない方にも分かりやすくまとめています。そのほか建物を描くときに、その中に人がいれば比例関係やサイズ感がつかみやすくなります。通常の『建築知識』では入れることのない人のシルエットをイラストや図面に配置したりして、寸法感が伝わるように工夫しています。

5刷を記録した「パースと背景画の最新技術」(『建築知識』2019年10月号)

 こうした編集姿勢が、5刷を記録した2019年10月号「パースと背景画の最新技術」特集や重版した2021年6月号「最高の建物と街を描く技術」特集にもつながっていると思います。「最高の建物と街を描く技術」は、家の中だけではなく外に出てみようということで企画をしました。実際に町を高いところから眺めてみると、駅前や幅の広い道路の近くには高い建物が並び、そこから離れていくと建物は低くなり、さらに外側には工場が建っているというふうにパッチワーク状に町並みが切り替わることに気づきます。これは都市計画法や建築基準法によって、そこに建てられる建物の規模・用途が決められているためです。そのルールを絵を描く方々にも分かりやすく解説することで、町の構造を読み取れるようにしています。

 そのほか神社や寺、町家、看板建築など古い建物も掲載しています。アニメや漫画の時代設定は現代ばかりではないですから。たとえば昭和的な「ニュータウン」なら、歩車分離などのニュータウンならではの特徴があります。さらにさかのぼると、古い港町には雁木や常夜灯、いくつもの町を特徴づける施設があります。城下町や宿場町も同様です。こうした町を特徴づけるものを知り、それを描くことで、絵のリアリティ・クオリティがぐっと高まると思います。

 空想の町を描くにしても、現代の法規制を知っておくことで「らしさ」が生まれると思います。誰も見たことがない、まったく新しい発想で建物や町を描くと、見る側がそれを建物や町と認識しづらいからです。

ーー800記念号の特集は「最高に楽しい間取り」ですが、従来と比較して近年の間取りや家づくりの発想が変化している部分はありますか?

三輪:間取り特集にしたのは、建築の中で一般の方も含めみな興味を持てるテーマですし、ここでもう一度住まいについて考えてみたいと思ったからです。新型コロナ禍が始まって1年が過ぎ、それを背景として家での過ごし方や家の役割が変わってきたと感じていました。

 一番の変化はテレワークの普及により「家=仕事場」になったことです。ダイニングの片隅を仕事場にしてもよいのですが、会議や商談がオンラインだと音の問題だけはクリアできません。とはいえ小さくて落ち着く書斎も、毎日長時間こもっていると精神的につらいですよね。さらに家の中では仕事をしながら家事・育児も同時並行で行われます。そんな家の中の仕事場についての悩み事を解決する間取りを紹介しています。

 また、家で仕事をして、外出も自粛を求められていますので、家がより癒し・リフレッシュの場としても機能する必要があります。そこで軒下や庭などの外部空間を活用した例や、サウナや薪ストーブなど癒しの設備を上手に間取りに取り入れる方法についても解説しています。感染対策上では、玄関を入ってすぐのところに手洗い場を設けた家が増えているように感じました。さらに和室(畳の間)の復権にもふれています。家に求められる用途・機能が増えた分、和室のように寝食はもちろん仕事にもごろ寝にも活用できてしまう汎用性の高さが再認識されたのだと思います。

ーー新型コロナ禍がまだ続いていますが、今後のイメージはいかがでしょうか?

三輪:現在編集部には14名のスタッフが在籍しており、奇数月・偶数月の2班に分かれてそれぞれ3号分、計6本の企画を同時に進めながら制作にあたっています。編集部はリモートワークを採用しており、スタッフには基本的に週に一度出勤をしてもらっています。うまく機能しているのですが、不安もあります。スタッフ間のコミュニケーションについてです。雑談の中で新たな企画や発送が生まれることってありますよね。もちろんオンライン会議システムやグループチャット機能なども用意しているので問題ないと思うのですが、直接顔を合わせてのコミュニケーションや、仕事なのか仕事じゃないのか分からないような時間を過ごすことも大事だと思っています。考え方が古くてすみません。

 たとえば私は、休日に30キロくらい歩いています。その時間って、何も考えてないようでいていろいろ考えますし、自然や町並みを見て何かしらヒントを得ていたりもします。そうした意味で、「無駄な時間」って編集者にとってはすごく大事なものだと思うのです。逆に、一人デスクに座って他社の書籍や雑誌などを見てヒントを得ようと思っても、何も浮かんで来ないですよね(笑)。

 これからも、従来にはない企画を実施した最初の特集、2017年1月号「猫のための家づくり」のように、書籍との発想の連動も含め、『建築知識』らしい企画を発信し続けたいと思います。

■三輪浩之氏プロフィール
愛知県生まれ。明治大学文学部卒業後、2002年エクスナレッジに入社。現在まで多数の書籍・雑誌の編集に携わる。

三輪氏の愛猫「コット」(ロシアンブルー/8歳女子)
三輪氏の愛猫「トリコ」(マンチカン/0歳女子)

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