『竜とそばかすの姫』『いとみち』映画と違うアプローチで描かれる小説の「音」とは

越谷オサム『いとみち』(新潮文庫)

 田舎に暮らす引っ込み思案の少女が、音楽によって自分に自信を付けていくストーリーの映画が、実はもう1本上映されている。横浜聡子監督による実写映画が公開中の『いとみち』だ。

 原作は、『陽だまりの彼女』の越谷オサムによる小説で、主人公は青森に暮らす相馬いとという少女。祖母譲りの濃い津軽弁を話すこともあって、他人とコミュニケーションを取ることが苦手だったいとは、高校進学を機に一念発起し、青森市にあるメイド喫茶でアルバイトを始める。

 「お帰りなさいませ、ご主人様」という決まり文句が、いとの場合「お、お、お………、おがえりなざいませ、ごスずん様」になってしまうところは、小説で読んでも、映画で津軽弁のセリフ付きで観てもなかなかのインパクト。地方あるあるの面白さを味わえる。

 もっとも、それは『いとみち』の面白さの一側面に過ぎない。もっと大きな感動は、やはり音楽によってもたらされる。メイド喫茶に危機が訪れた時、いとは演奏している姿がかっこ悪いからと封印していた三味線を引っ張りだし腕前を披露する。『竜とそばかすの女王』のクライマックスと同じ感動が湧き上がるシーンだ。

 『竜とそばかすの姫』の場合、映画で鈴が唄って聴衆を感動させるシーンを小説版で追体験”することになるため、歌の場面に来ると頭にシーンが思い出されて、感動がせりあがってくる。だから音楽そのものを文章で描くより、鈴の内面や周囲で見守っている人たちの思いで補完し、映像と文字の総合力で音楽の力を感じさせたとも言える。

 『いとみち』では、アクシデントを乗り越え、いよいよ演奏という場面で、三味線の音色が響く描写、いとの指に伝わる振動の描写を繰り出し、音楽へと関心を引きずり込む。そして、いとによる三味線への思いなどを交えつつ描写して、気分を盛り上げていく。音楽が聞こえてくるような描写だ。

 映画では三味線を実際に演奏してみせることで、説得力を出そうとした。いとを演じた駒井蓮は青森出身でも三味線は未経験。9カ月におよぶ特訓を受け、名人も評価する音色を響かせるまでになった。一聴の価値ありだ。

■書誌情報
『竜とそばかすの姫』(角川文庫)
著者:細田守
出版社:KADOKAWA

『いとみち』(新潮文庫)
著者:越谷オサム
出版社:新潮社

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