『今日のモップくん』座談会 飼育員らが語る、シロガオサキの魅力と伝えたいメッセージ

名前があることによって、愛情を持って飼育できている

根本慧

――最初に、武さんからモップくんといういち個体が単なるキャラクターとして消費されていないところがよかったという意見をいただいたと伺いましたが、この本が出ると発表されたとき、SNSでモップくんという個体の人気先行を危惧する声を見かけました。本を読んでもらえば、そういう内容ではないことがわかってもらえるはずですが、難しい問題といいますか。個人的な意見ですが、身近に動物を観察できる動物園はありがたい存在で、動物園にいるさまざまな個体にも愛着も持っています。けれど、野生動物である動物園の動物たちを個体で好きになったり、名前で呼んだりすることによってペットとして飼えるというような誤解を与えるのではないかとか、かわいいや癒されるという誰しもが持つ感情の出し方も、SNSの普及によって難しく感じるところがあります。実際、動物とそれぞれの立場で関わっているお三方は、そのあたりについてなにか感じることはありますか。

根本:モンキーセンターでは、全個体に名前がついてるんです。数年前までは番号だけの個体もいたんですけど、何番が怪我したとか何番と何番の相性が悪いという言い方に、個人的に違和感を持っていました。今、全頭に名前があることによって、より愛情を持って飼育できているような気がします。

武:名前をつけて個体同士の関係を見たところから日本の霊長類学は始まっています。サルの群れを見るときに個体識別ができているかどうかで興味深さの度合いや得られる情報量が全く変わってくると思うので、個体に興味を持つことは自然なことではないでしょうか。

新宅:研究者でも(研究している)フィールドに行って、対象となる動物たちに“あぁ、久しぶりだね”みたいな感覚を持ちますからね。特に、大型類人猿を研究している人には、よくあることだと思いますよ。

武:実際、研究者のFacebookで動物の写真がアップされると、そのフィールドで研究している人から“あぁ、誰々だ”というコメントもつきます。周りの研究者も名付けた個体には愛着を持っていますし、特別に感じている個体もみなさん、おそらくいると思います。研究者は、まるで友達のようにそれらの個体について話してくれます。もちろん論文として発表するときには出てこない部分ではあるでしょうが、観察する中で研究者も動物たちに愛情を持って接しているはずですよ。

新宅:それに、興味を持ってもらわないことには、野生動物について考えてもらえないですからね。かわいいでも癒されるでもいいから、まずは興味を持ってもらって、そこから如何に生息地や環境について踏み込んでもらえるかは、動物園や研究者が考えていかないといけないところでしょうね。

根本:もちろん、ペットのように思われないよう、細心の注意を払わければいけないのはたしかです。Twitterに【今日のモップくん】をあげると、かわいいというコメントはもちろん、飼いたいというコメントもあるんですよね。モンキーセンターへ足を運んでくださる人の中にも「シロガオサキを飼いたい」と話す人もいて。直接そう言われたときは、飼うことはできない動物だと説明するんですけど……たしかに難しい問題ですよね。私自身、モップくんを通して野生動物について伝えたいという思いがあったので、本のあとがきに率直な気持ちを書かせてもらいました。

新宅:最初、あとがきの原稿をチェックした時、根本さんに「ここまで踏み込むの?」って聞いたんです。根本さんの強い気持ちもあって、掲載することになりました。

根本:来園してくださったお客様から「私も伝えてほしかったことでした」という感想をいただきました。

新宅:本や長い文章ではうまく意図を伝えられるでしょうが、Twitterのようにすごく短い文章で情報が切り刻まれていくものには注意を払って発信しなければいけないことはたしかです。しかし、例えばシロガオサキなんてほとんどの人が知らないわけです。一方で、研究者が小難しく情報を発信しても、興味を持ってもらえないことのほうが多い。

武:野生動物研究センターの幸島先生は、動物にかんする問題は、結局人間社会の問題だから、人と向き合わなければ解決しない、とおっしゃっていました。研究者の立場では、研究者が一般の人に教える、という構図にどんなときもなりがちなのが難しいなと。Twitterでいろんな方とやりとりするのですが、どうしても「教えてもらってありがとうございます」と言われる立場になってしまうというか。私には研究者としての知識や考えがありますが、逆に研究者だから見えないこと、気づけないこともあるかもしれなくて。そういうそれぞれの視点を共有していけたらいいなと思っているのですが。

新宅:その辺りはすごく難しいですよね。SNSは双方向性で、コメントによって反応が返ってくる。その中で教える、教えてもらうというような一方通行の関係性にならないように、研究者や飼育員、キュレーターなど発信した側もコメントから気付きを持てるかは1つ重要なんだと思います。動物園というのはまず動物について知ってもらうという広い入り口を提供できる場なんですよね。根本さんがモップくんを通してシロガオサキという動物についても発信し、さらに生息地であるアマゾンの環境も知ってもらう。この本はまさにそういう作りとなっていますが、動物を入口に研究者なども含めて多くの人が関わって、深く関心を寄せてもらう流れを作ることは動物園がやるべきことなのではないかなと感じてます。

武:周りには動物園が好きで研究者になった人もたくさんいますが、私の場合、研究者になってから動物園、主にモンキーセンターさんと関わるようになりました。そこから、動物が好きで動物園に通っている人は、野生動物の保護や環境保全に興味を持ってる方が多いことを知りました。私は自然のたくさんある環境で育って、小さい頃からニホンザルなどの野生動物を間近で見てきましたが、そうではない人たちにとって生で動物を見られる動物園は貴重な場であり、環境や保全に興味を持ってもらう場として大きな役割を担っているんだなと実感しています。

――実際、自分の目で見ないとわからないことって多いですよね。モップくんが小さいということは根本さんがSNSで何度も触れていますが、いくら小さいとわかっていても、実際に見たときに感じた小ささとは感覚的に違いがありました。サキの仲間でいえば、シロガオサキとヒゲサキしか日本の動物園では見られないですし、ぜひこの状況が落ち着いたら、また感染対策をしっかりして動物園へ足を運んでいただきたいですね。

根本:そうですね。本物の動物を見ないとわからないことがたくさんあると思います。Twitterなどを通してたくさんの方にモップくんを知ってもらったことで、シロガオサキという種を知ってもらうという目的は、ある程度、達成できたのかなと思いますが、より深く知りたい方には本を読んでいただけると嬉しいです。

■書籍情報
『今日のモップくん シロガオサキのモップくん観察記』
著者:根本慧(公益財団法人 日本モンキーセンター)
発売日:4月23日予定
定価:2,750円(本体2,500円+税)
特設サイト:https://blueprint.co.jp/lp/mop-kun/

出版社:株式会社blueprint
blueprint book storeの特典付き書籍の予約購入はこちら:https://blueprintbookstore.com/
※4月30日まで送料200円
日本モンキーセンター:http://bit.ly/JMC_MOP
日本モンキーセンターではクラウドファンディングのプロジェクトを実施中。
詳細はこちら。

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