100年前に想像された「ロボット」はどんな存在だった? 今なお古びない、テクノロジーへの問い

〈ねえ、ヨゼフ〉〈ある芝居を思いついたんだけど〉〈人造の労働者をどう呼んだらいいかわからないんだ。ラボル(labor)と言ってもいいけど、どこか無味乾燥なんだよね〉。

〈じゃあ、ロボット(robot)にしたら〉。

カレル・チャペック『ロボット RUR』(中公文庫)

 こうして兄・ヨゼフの助言を受けて1920年に生まれたのが、「ロボット」という言葉、そしてチェコの国民的作家カレル・チャペックの戯曲『ロボット RUR』だった。

 発表から100年を記念して、昨年12月に新訳として刊行された本書。冒頭に紹介したロボット誕生のきっかけとなるやりとりを回想するエッセイなど、作品について作者が書いた文章7つを付録として収録。戯曲の内容や成り立ちを、より理解しやすい一冊となっている。

 物語の舞台となるのは、1920年当時から見た近未来。世界のどこかに存在する孤島に、ロッスム・ユニヴァーサル・ロボット(RUR)社はある。見た目や動きは完全に人間であるロボットの開発技術を独占するRUR社は、工場労働や事務作業といった用途に使える人型ロボットを工場で大量生産し、世界中に販売していた。

 ある日、人道連盟を代表してやってきたというへレナ・グローリーが、RUR社の代表取締役ハリー・ドミンと面会する。劣悪な条件で働いているロボットたちを助けたいと語る彼女。そもそもロボットに労働条件なんて関係あるのだろうか?と思うが、人道連盟はロボットを機械ではなく人間として捉えていた。

 その場に居合わせたRUR社の上層部の一人ハレマイヤー博士は、ロボットが不平を抱くような感情や意志を持ち合わせていないことをヘレナに説明する。さらに営業本部長のブスマン領事は、ロボットの登場によるコスト削減で物価が下がったことを自慢して、こう語る。

〈笑いが止まりませんよ。工場という工場が倒産するか、製品の価格を下げるためにロボットを買うかのどちらかですから〉。

 すると、ヘレナは答える。

〈ええ、そうやって、労働者を路上に放り投げているのです〉。

 そこへドミンが補足を入れる。

〈十年以内に、ロッスム・ユニヴァーサル・ロボット社は、十分な小麦、生地、あらゆるものを作ることになり、いわば値段というものがなくなるはず。必要なものだけ手に入れる。貧困もなくなる。そう、仕事がなくなる。ですがまったく仕事がなくなるわけではない。生きた機械がすべてを担うようになる。人間は自分が愛することだけをするのです〉。

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