『SFマガジン』編集長・塩澤快浩が語る、SFが多様性を獲得するまで 「生き延びることしか考えてきませんでした」

月刊から隔月刊にシフトチェンジ

――そうしていろいろSFを活性化させた後、2015年に「SFマガジン」が月刊から隔月刊になり、cakesでWEB版も設けられました。

塩澤:2009年から、僕に社内的な立場の変化がありました。日本のSFの点数は増えた。でも、会社のメインであるミステリやSFの翻訳ものは売上げが下がってきている。国内のフィクションを強化しなければならない。そこで、かつての編集部はミステリ、SF、ノンフィクションの3つのジャンルに分かれていましたが、第一編集部は翻訳、第二編集部は国内、第三編集部はノンフィクションとした。その国内の責任者になったんです。相変わらず「SFマガジン」の編集長もやっていましたし、2012年からはようやくハヤカワSFコンテストを再開した。2013年から1年間くらい人事部長も兼任しました。その後、「SFマガジン」を隔月刊化したのは、私ではなくもっと上の判断です。

――同時に「ミステリマガジン」も隔月刊化されました。

塩澤:雑誌の売れ行きがどうというより、雑誌は手間がかかる。少しでも手間を減らして、利益のとれる書籍を担当するほうに人的資源を回そうということでした。

――かわりに1号1号は厚くなりました。

塩澤:書籍化できる連載を増やし、年6冊だから1回の原稿量を多くしたんです。2号で出すものを単純に1号で厚くして出すよりは、手間は減りました。雑誌担当者が、普通に単行本を出すサイクルができた。書籍と雑誌を有機的にからませながらできるのは大きいです。月刊誌を隔月刊や季刊にすると部数が落ちてジリ貧になるイメージがあります。でも、隔月刊にした2015年と今の部数は同じか、今のほうがちょっといいくらい。隔月刊化した最初は3号連続でSF文庫の総解説という企画でした。絶対部数を落とさない、保存版となるファン向けの鉄板の企画をやるのが一番いいだろうと判断して、逆に部数は少し伸びた。その後は、徐々に減り、2019年2月号の百合特集でまた伸びました。

通常号の倍売り上げた百合特集

――「SFマガジン」にはSFの歴史をその都度ふり返ると同時に、新しいSFを紹介する役割があります。最近は劉慈欣『三体』のヒットなど中国SFの波もあって、回顧と先端紹介がいいバランスになっていると思います。

塩澤:2000年代からの積み重ねだと思います。1990年代と違って、今はネタに困らず、読者の求めるもので毎号特集を組める感じがあります。入社してから完売した号は3つあるんですが、どれも僕は直接かかわっていません。資質としてバカ売れする号や書籍は作れないと認識しています。完売したのは僕が編集長になる直前のエヴァンゲリオン特集、次いで2012年に初音ミク特集で増刷したのは、編集部長になって一時期、編集長を離れていた間でした(2009~2014年)。3回目は百合特集で、2回増刷して通常号の倍ほど売れました。

次世代への期待

――百合特集の担当は溝口力丸さんですね。

塩澤:彼はまだ29歳で世代が違います。コミック、ゲーム、アニメなどに目配りというか、小説と同じように普通に摂取してアウトプットしている。

――今年7月にハヤカワ文庫から出た伴名練編のアンソロジー『日本SFの臨界点』の表紙をめぐり、少女のイラストである点にツイッターで賛否の意見が交わされていました。小説のデザインにいわゆるアニメ絵、萌え絵を用いることは、昔から議論になってきました。

塩澤:私はまったく抵抗がありません。まず読者に届かなければ意味がない。あのアンソロジーも、収録されているのは、単体の作家短編集として出せずに埋もれていた作品が大半です。普通に考えたら、アンソロジーで出しても売れない。昨年、伴名練という作家が『なめらかな世界と、その敵』でブレイクしたので、これまでの活動からしても彼が選ぶものなら間違いないという信頼が、SFファンの間にできています。そんな作家が編者ならば、馴染みのない作家ばかりでもセールスできる。すごいことです。カバーについては当然、『なめらかな世界と、その敵』のカバーを意識しないといけない。だから、『日本SFの臨界点』のカバーがああなったのは自然な流れ。妥当な判断だと思います。

――「SFマガジン」の現状とこれからについて。

塩澤:今の編集部は、『三体』を担当した梅田麻莉絵、溝口、私の体制で、3人とも月1点くらい書籍を編集しつつ隔月刊の雑誌を出しています。梅田は『三体』をはじめ中国SFなど翻訳ものをやっています。溝口は伴名さんもそうですが、2010年代デビューの作家や新人が担当。8月号で特集した日本SF第七世代も彼の担当が多いです。僕は昨年から翻訳ものも統括し、編集部全体を管轄することになりました。以前からWEB版とは別にSFのニュースサイトをやれば絶対、いろんな人がみてくれるという話はあるんですが、余裕がない。『三体』がこれだけ注目されると、それにかかわることだけでも梅田は大変。溝口も、百合が注目されたおかげで百合文芸小説コンテストの審査員をやってくれと依頼されたり。ありがたい話ですが、「SFマガジン」と担当書籍を出すので精一杯なところはあります。

――最近、塩澤さんはツイッターで樋口恭介さん(2017年、『構造素子』でハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー)発案の異常論文小説特集についてやりとりしたり、「文藝」の坂上陽子編集長とコラボの提案をされたりしていましたが。

塩澤:樋口さんは性格からして、やってみればといえば勝手に突っ走るのはわかっていたけど、つい乗っかってしまった。そうしたら10人ほどの作家に勝手に依頼してラインナップはもうできましたからって(笑)。面白そうなことは、タイミングが大事。去年の伴名さんもそうです。同人誌で発表された作品が東京創元社の『年刊日本SF傑作選』に毎年のように載って評価が高いのは、わかっていた。そのわりに話題になっていませんでしたが、例の百合特集に発表した短編「彼岸花」で注目され、今だと思って、すぐ短編集をまとめたほうがいいと溝口を焚きつけました。頼まれてもいないのに「2010年代、世界で最もSFを愛した作家。」というコピーを彼に渡したんです。いったほうがいい時は、躊躇せずいく。異常論文小説の時もそうですけど、「文藝」の坂上さんがちょっと反応してくれたし「なにかやりましょう」といったら乗ってくれたので、来年あたり実現したいですね。僕には、面白そうなことをみつけ、タイミングをみてなにか組みあわせる感覚はあると思います。それで乗りきってきました。

 今のSFには最先端の尖ったものもあれば、一般読者が軽く読めるものもあり、シリーズで長年読んでくれるものもある。SFのなかでもいろんなものがあるのが理想だし、それに近づいている感じはします。溝口が新しい作家を担当する一方、僕はJコレクション世代の作家を担当して、今年も北野勇作さんが久しぶりに『100文字SF』を出して重版がかかっています。林譲治さんのミリタリー寄りの『星系出雲の兵站』シリーズとか、経験を積んだ60歳近い作家も新しいことに踏みだせている。かと思えば、東京創元社の創元SF短編賞は当社のSFコンテストと比べてもっとコアな方面で酉島伝法さんなどを輩出し、「文藝」は女性の目線で多様性を意識した各国のSFを紹介している。状況はだいぶ豊かになっています。

――最後にベタな質問ですけど、今のSFを季節に喩えると。

塩澤:2000年代頭以後、春から初夏くらいの陽気がずっと続いているかなと感じています。僕はこのぐらいの陽気がちょうどいいんですが、梅田や溝口が真夏にしてくれるかもしれません。

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