『きんぎょ注意報!』が少女たちの心を掴んだ理由 非現実へと導いてくれる、わぴこの存在
1980年代末から1990年代はじめにかけて、漫画というエンターテイメント分野はどんどんと大きなものになっていった。「週刊少年ジャンプ」(集英社)連載作品をはじめとした少年漫画は黄金期を迎え、90年代以降、『ドラゴンボール』や『幽遊白書』、『スラムダンク』といった名作が生まれることとなる。当時の作品は現在もファンを獲得し続けている。
少女漫画とギャグ漫画ふたつの要素
一方で70年代、80年代に創刊した少女漫画雑誌のアニメ化も珍しいことではなくなってきた。90年代の少女漫画誌に共通した特徴をひとつ挙げるなら、ハッピーエンドを迎える恋愛漫画が多かったことだ。社会現象となった『花より男子』、等身大の高校生の恋愛を描いた『天使なんかじゃない』は90年代に連載開始しヒットした漫画である。少女漫画の多くは、幸福感に満ちていた。
90年代に漫画を読み始めた筆者は、少女漫画=ハッピーエンドを迎えるものだと認識していた。後に70年代、80年代の少女漫画を読むようになり、暗い結末のものもあったことを知り驚かされるのだが、90年代の少女漫画誌における主なニーズは「明るさ」だったのは間違いない。
ただ、当時子どもだった筆者の目から見ても、恋愛漫画ばかりだと新鮮味に欠ける。そんな中、数が少ないながらも存在感を増していったのが少女向けギャグ漫画だ。
講談社の少女漫画雑誌「なかよし」(講談社)で『きんぎょ注意報!』がスタートしたのは1989年のことである。90年代少女ギャグ漫画の先駆けと言える作品で、可愛い絵柄とはちゃめちゃな学園生活を舞台に織りなされる物語は、たちまちヒット、1991年にアニメ化された。
1990年前後の「なかよし」は恋愛漫画のイメージが強かった。同じく読者数の多い少女漫画雑誌「りぼん」(集英社)では同時期に『ちびまる子ちゃん』、その少し前から『お父さんは心配性』が連載されていて、社会現象を巻き起こしていた。どちらも少女漫画らしくないギャグが魅力の作品だが、「なかよし」で連載された『きんぎょ注意報!』は少女漫画とギャグ漫画、両方の要素がふんだんに取り入れられていたという点でも他のギャグ漫画とはテイストが異なっていた。
アニメ化にあたってはギャグ要素がより強く全面に出されたが、原作漫画は紛れもない少女漫画である。それにも関わらず、少女漫画でもっとも大切とされる恋愛要素は薄い。当時の少女たちはなぜ『きんぎょ注意報!』を読んで笑いつつも心をときめかせたのだろうか。
第一の理由としては、少女漫画らしい絵柄だったことが挙げられるだろう。ただ、絵が可愛いギャグ漫画は他にも存在している。
何度も読み返していくともう一つのヒットの理由に気づく。メインキャラクター四人の個性が、見事に『きんぎょ注意報!』の作風を表現しているのだ。
本作の舞台は新田舎ノ中学校、名前のとおり田舎にある中学校だ。物語の中心は生徒会役員四人と、空飛ぶピンクの金魚「ぎょぴちゃん」である。
生徒会役員四人のうち、二人は本作の軸となる女の子である。生徒会長と理事長を兼任する千歳(ちとせ)と書記のわぴこだ。千歳はお嬢様育ちのわがままな少女だが、純粋さも併せ持っている。プライドが高すぎて恥をかくこともあり、どこか憎めない。
彼女が恋を夢見るくだりは、14歳の女の子らしい雰囲気が漂っている。本作を読む際に千歳に感情移入していた小中学生も多いだろう。ただ、ギャグ漫画なので千歳の行動や心情はからまわりする。新田舎ノ中学校には人間と同じようにウシたちも生徒として通い、ほとんどの人間は子どものような姿で描かれている。千歳の「恋」は、非現実の中に現実的なものが混じった印象を与え、読者の笑いを誘う。
対照的なのが本作の主人公であるわぴこだ。わぴこは、千歳が父親の忘れ形見として飼っている「ぎょぴちゃん」と並んで本作を象徴するキャラクターである。彼女は見た目も振る舞いも子どもっぽい。中学生らしいのはセーラー服を着ているという一点だけである。性格は底抜けに明るく、作中でよく走りよく笑う。
そんなわぴこなので、千歳とは異なり、恋愛とは無縁の存在だ。
ぎょぴちゃんに対しても、序盤の千歳はペットとして大切にしているが、わぴこは人間と同じように接し、いち早くぎょぴちゃんと友達になる。「誰にどう見られるか」ということをまったく気にしないわぴこは、どのような状況でも変わらない自分を持っている。見た目は可愛いのに、かっこよさを感じさせるのだ。
千歳が読者である少女たちに与えるのが「共感」であるなら、わぴこは「希望」だろう。思春期を迎えつつある少女たちにとって、わぴこは非現実へと導いてくれる存在である。