古市憲寿が語る、小説を書き続ける理由「この時代に何があったかを残しておきたい」
多彩な活動は「ずっとフィールドワークを続けているイメージ」
ーー日本は属性に対する意識が強いし、『アスク・ミー・ホワイ』は自分のアイデンティティを見つめ直すきっかけになるかも。
古市:確かに日本は属性や出自を重視する社会だと思います。有名人に対してもそうで、ジャニーズ出身、宝塚出身など、「どこから出てきた人間なのか」をとても気にする。政治家なんて、特にそうですよね。“政界のサラブレッド”という言い方がありますけど、馬じゃないんだから(笑)。政治家としての才能があるかどうかわからないのに、その家に生まれたという血統だけで能力を測られてしまう。そういう社会って、安定はしてるけど窮屈ですよね。そこから逃れるという意味でも、海外を舞台にしたところもありますね。
ーーヤマトは港との出会いによって変化し、“状態”も変わっていきますね。
古市:ええ。解釈の仕方だけで世界が変わることって、現実にありますからね。本人が「自分は臆病だ」と思っていても、見方を変えればそれは優しさかもしれない。そういう風に、港くんは人のいいところを見つけるのが上手いキャラクターなんです。仮に本人が「つまらない人生だ」とあきらめていても、それは遠くの世界に住む他人からすれば、憧れの生き方なのかもしれない。もちろん、ただ解釈や見方だけを変えても、現実は少しも変わらない。だけど人は自信を持てば、一歩踏み出すことができる。結果的に、解釈を変えることが、人を変え、それが社会を変えるきっかけになることだってあり得ると思います。
ーー幸せの在り方は人それぞれというか、多様性が担保できる社会に近づくと。
古市:多様性は大事ですよね。自由の基盤ですから。ただ自由であることに耐えられない人も多い。そんなときに大事なのは “勇気”ですよね。小説の後半にも“勇気”という言葉を出しましたけど、勇気を持つだけで人生はがらりと変わり得る。「みんなが勇気を持たなくちゃいけない」とは思わないし、同じ場所で淡々と仕事を続ける人がいてもいいけど、少しでも現状に不満がある人は、もっと勇気を持っていいと思います。『アスク・ミー・ホワイ』は登場人物が勇気を持つことで、自由を獲得していく話とも言えるかもしれません。
ーー古市さん自身も、一つの場所にとどまらず、活動の場所を広げ続けていますよね。
古市:僕の場合は、ずっとフィールドワークを続けているイメージですね。わからないこと、知りたいことがたくさんあるんです。テレビに出るのもそうで、その場所でしか知り得ないことがあるかもしれない。そうやって世界の見取り図を自分で書き続けている感じですね。
ーー『アスク・ミー・ホワイ』のもう一つの軸になっているのは、“悲しい誤解”というフレーズ。
古市:同じ出来事を経験しても、立場や性格、経験などによって、まったく異なる解釈が生まれる。それが誤解という現象ですよね。でも世の中には、解ける誤解もたくさんあると思うんです。「みんなはこう言うけど、こうも言えるよね」のひとことで、気が楽になる人がいるかもしれない。小説を書くときも、社会学者としても、コメンテーターとしてテレビに出るときも、いつも頭の片隅で考えていることです。
無から新しい作品を作れたと思い込んでいる人はただの無知
ーー様々なフィールドで活動を続けるなかで、「小説だからできること」も感じていますか?
古市:そうですね。評論やエッセイの場合、事実であっても書けないことがたくさんある。むしろ嘘という建前のある物語のほうが本当のことが書けたりしますね。「本」というフォーマットがいつまであるかわからないですが、物語は文字のない時代からずっと存在してきました。これからも小説に限らず、物語を作ることは続けていきたいです。
ーー現実に起きている出来事、社会学者としての観点、古市さん自身の価値観などが混ざり合っているのも、古市さんの小説の特徴だと思います。フィクションとノンフィクションの差異をあえて曖昧にしているというか。
古市:社会学者の上野千鶴子さんが「オリジナリティは情報の真空地帯には発生しない」と言っているんですが、どんな作家やクリエイターも、無から世界を作り上げることはできない。音楽も文学もそうですが、先行作品の影響なしに何かを生み出すことは不可能です。もちろん僕自身もそうで、これまでに数え切れない本を読んできたし、たくさんの人たちの考えに触れながら物語を作っている。『奈落』のなかで、〈初めて聴いたはずなのに懐かしいと感じる旋律は、神話に属している〉という一節を書きました。既存の言語を使用している限り、おそらく神話から自由になることはできない。無から全く新しい作品を作れたと思い込んでいる人は、ただの無知です。だから必ず小説の巻末には参考文献を明示しています。
ーー小説のなかで主人公たちが聴いている音楽のセレクトも良かったです。
古市:ありがとうございます(笑)。オランダが舞台なのでEDMが多くなってしまいました。
ーータイトルの『アスク・ミー・ホワイ』はビートルズの曲目。
古市:ビートルズの曲のタイトルを一通り見て、これがいちばん小説のテーマに合っていたんですよね。歌詞も直球のラブソングだし、これがいいかなって。たまたま“ア”から始まったから、もし続編を書くとしたら、タイトルは『イエス・イット・イズ』かな(笑)。
ーー(笑)次作の構想は?
古市:ありますよ。書きたいテーマはまだまだあるし、いつも同時進行で、いくつかの小説を準備しているので。
ーー2018年に『平成くん〜』を出してから、既に4冊目。作家としてのキャリアも順調ですね。
古市:いや、“作家として”もそうですが、“として”って発想自体、あんまりないんですよね。社会学者もコメンテーターも作家も、どれも本業という意識がない。9月には『絶対挫折しない日本史』という本を出すんですが、もちろん歴史も本業ではない。だけど、本業ではないから書けるものってあると思うんです。そもそも著者の肩書きで本を読む読者ってあまりいないですよね。『平成くん〜』を読んだ人から、「初めて小説を読みました」「小説って面白いですね」といった感想をもらったことがあります。それだけで本を書いた意味があったのかなと思いました。
■書籍情報
『アスク・ミー・ホワイ』
著者:古市憲寿
装画:雲田はるこ
出版社:マガジンハウス
https://www.amazon.co.jp/dp/4838731116