音楽療法の歴史は戦争と深く関わっているーー『戦争の歌がきこえる』が伝えるメッセージ
もう一つ印象的だったのは、本書の中心的なテーマである“音楽療法”が持つ様々な効果。音楽療法とは、歌や楽器演奏を通し、終末期の患者や家族の精神的、身体的サポートを行う療法。第1次・第2次世界大戦時の欧米において、音楽家が軍人病院で演奏したことが、この療法のはじまりだったという。つまり、音楽療法の歴史は戦争と深く関わっているのだ。
“セッション”と呼ばれる音楽療法の時間のなかで、患者や家族は長い間しまっていた記憶と感情を呼び起こし、言葉にすることで、少しずつ心の平穏に取り戻していく。
戦争捕虜になった経験から深刻なPTSDに陥った夫を持ったキャサリンは、佐藤氏に「ねえ、ジョニー・キャッシュの歌、知ってる?」と問いかける。夫が好きだった“マン・イン・ブラック”を歌ってほしい、と。1971年に発表されたこの曲は、ベトナム戦争に対する批判を込めた楽曲。戦争の後遺症に苦しみ、アルコールに依存した夫が好きだった曲、〈僕は、喪に服して黒を着る/あったかもしれない人生のために〉という歌詞を聴き、キャサリンは束の間の安息を得る。歌という表現が持つ、人を包み込み、癒す力を生々しく実感できる場面だ。
翻って日本では、戦争従事者に対し、どれほどの心のケアが行われてきたのだろうか? 言うまでもなく、日本でも戦争によって苦しみ続けている人々がいる。彼ら、彼女らが安息を得て、少しでも豊かな人生を送ることは、我々にとっても大きな財産になるはずだと強く思う。
■森朋之
音楽ライター。J-POPを中心に幅広いジャンルでインタビュー、執筆を行っている。主な寄稿先に『Real Sound』『音楽ナタリー』『オリコン』『Mikiki』など。
■書籍情報
『戦争の歌がきこえる』
著者:佐藤由美子
出版社:柏書房
発売日:2020年7月10日
定価:本体1,700円+税
http://www.kashiwashobo.co.jp/book/b512101.html