名物書店員がすすめる「“今”注目の新人作家」第5回

男性と女性、善人と悪人……差異の境界は曖昧なもの 山下紘加『クロス』、滝田愛美『ただしくないひと、桜井さん』評

 まず本書に触れる前に、小説家の彩瀬まるが、この文庫版解説で自身のある思い出に関して記した次の文章を読んで欲しい。

ある一つの行為を「悪いこと」とみなして遠巻きにする人と、実際にその行為をしている人の間には、ものすごく大きな認識や感覚の段差があるのだ

 あるNPO法人が運営する「ぽかぽかハウス」。家庭や学校に居場所がない子供たちを受け入れる施設を舞台に、ボランティアの学生や子供、周囲の大人を中心に展開される本作。主人公の「桜井さん」は、他の子供と同じように家庭に恵まれず、卒業後に新聞記者を目指す男子大学生だ。

 この小説に登場する人々は様々な行動を起こす。女子中学生が同じ施設に通う児童の親と関係を持ったり、ある老女は若い男性との付き合いに溺れていったり、ある者は犯罪を起こしたり……。

 それぞれ日常の正しさを口にしながら、一方で人には言えないやましい行動や感情がほとばしっていく。それは突然訪れる衝動なのか、今までの生活の積み重なりの結果なのだろうか。事情は様々だが、一つ言えることは互いに「相手に対する認識の差」があるということだろう。きっちり判断できないもやもやとしたその差を、著者は突き放すことなく丹念に描き提示する。自問自答しながら読み進めて行くと、桜井はこう呟く。

…こちら側にいる俺と、向こう側で手錠はめられて腰縄つけられてる彼らと、何が違うんだろうって。どうしても、違うと思えなくてさ。とんでもないことするなよ、とは思うんだよ。けど、それが殺人犯であっても、自分とは違う種類の人間だと思えないんだよね。

 こういった言葉を通じて、改めて相手を無意識に区別し判断してしまう怖さを感じ、他の人間が起こすことを「遠巻き」に見ることのできない視線を新たに持つことが出来る。桜井が大切に想っているある女性が言う〈でももう、罪人でいい〉という言葉など次々と印象深い言葉が覆いかぶさってくる。

 読者はどのように考えて登場人物の行動を理解するのか。読み終えた後、自分も向こう側いるかもしれないし、その境目は本当にあやふやで段差すらないものなのだと気付くはずだ。

■山本亮
埼玉県出身。渋谷区大盛堂書店に勤務し、文芸書などを担当している。書店員歴は20年越え。1ヶ月に約20冊の書籍を読んでいる。会ってみたい人は、毒蝮三太夫とクリント・イーストウッド。

■書籍情報
『クロス』
著者:山下紘加
出版社:株式会社 河出書房新社
価格:定価1,760円(税込)
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309028774/

『ただしくないひと、桜井さん』(新潮文庫)
著者:滝田愛美
出版社:株式会社 新潮社
価格: 定価605円(税込)
https://www.shinchosha.co.jp/book/102031/

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