山崎まどかの『ザリガニの鳴くところ』評:多くの問題を内包する大ベストセラーの魅力

 しかし『リンバロストの乙女』は後半、社会的な地位のある裕福な青年と主人公のラブ・ストーリーに転じて、急に魅力を失う。『ザリガニ~』にも、成長して美しくなった野生の少女カイアに魅せられる少年たちが出てくる。大自然をバックに育まれる少年少女の性への目覚めは官能的だ。ただ、これは幸福な結末を迎える恋の物語ではない。人恋しいカイアは彼らを通じて社会の中の居場所を、何よりも愛を求めるが、少年たちは彼女を裏切る。そして殺人事件が起こる。今まで書いてきた複雑な要素が入り混じった『ザリガニの鳴くところ』はミステリーを軸に展開していく。ページ・ターナー(ページをめくる手が止められない)的なエンターテイメント小説としても吸引力が強く、それが本国で大ベストセラーになった理由のひとつだろう。

 殺人事件の発端となる村の有力者の息子チェイスとカイアの関係は、多くの本質的な問題を内包している。奪う者と奪われる者である二人のねじれた絆の中に、社会階層やフェミニズムの問題を読み取る読者も多いだろう。この二人は人間と自然の関係も象徴している。力づくで奪い、そこから搾取しようとしても、自然は完全に人間のものにはならない。美しいカイアの魂も縛ることはできず、最後には森に返すしかないのである。

■山崎まどか
コラムニスト。近著に『優雅な読書が最高の復讐である』『映画の感傷』(共にDUブックス)

■書籍情報
『ザリガニの鳴くところ』
著者:ディーリア・オーエンズ
出版社:早川書房
価格:2,090円(税込)
<発売中>
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4152099194

関連記事