このミス大賞『紙鑑定士の事件ファイル』は“プラモデラーの描写”がすごい! 元模型誌編集者がディティールを読み解く

 1月10日に発売となる、「このミステリーがすごい!」大賞受賞作、それが『紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人』である。タイトルの通り、主人公の渡部は出版物に使われる紙を鑑定し、出版社の計画に従って納品することを生業としている。そんな渡部のところに、ある日若い女性がやってくる。渡部の事務所を探偵事務所と勘違いした女性は、とある戦車模型が写った写真1枚を手がかりに、自分の彼氏の浮気調査を依頼する。

 とは言われても渡部はプラモデルのことなど何もわからない。迷った渡部はかつて模型専門誌用の紙を調達したツテから、とある男を紹介される。その紹介された男こそ、あるきっかけで業界を干された伝説のプロモデラー、土生井であった……。

 というところからストーリーがスタートする『紙鑑定士の事件ファイル』。著者の歌田 年氏は元模型専門誌の編集者であり、さらに同じ出版社の生産管理部に在籍していたことから紙に対する造詣も深いということで、まさに作者の得意ジャンルをマッシュアップしたミステリである。

 実のところ、おれもしばらく前まで模型専門誌の編集部で働いていた。そういう人間の視点から見て、『紙鑑定士の事件ファイル』におけるモデラーの生態描写はガチである。サブキャラクターとして登場する土生井の「ゴミ屋敷に住み、天然パーマで痩せ型、初対面の他人の前に出るときもスウェットにTシャツで、なんかちょっと臭い」という造詣も凄まじくリアルだが、この小説の凄みはモデラーまわりのディテールの正確さにある。

 一例を挙げると、渡部が土生井を紹介してもらうまでの情報量がすでに濃密かつ正確だ。渡部はまず模型誌の編集者に会い、スケールモデルに詳しいモデラーの伝手を頼って土生井を紹介してもらうのだが、まず最初に会う模型誌編集者の鈴木の説明がすごい。

 この鈴木の見た目の説明を本文から引用すると「私の知らないキャラクターがプリントされた黒いTシャツに七分丈の綿パンというラフな服装の男が出てきた。鼈甲フレームのメガネをかけた三十歳前の小太りな男だ」と書かれている。え……これ完全におれじゃん……! 編集部にいた頃(ついでに書くと今現在も)、夏場のおれはほぼここに書かれている通りの服装で仕事をしていた。リアルというか、マジでそのまんまである。

 この小太りな鈴木は渡部の手土産のペコちゃん焼きを受け取ると俄然嬉しそうになり、専門用語を連発しながら渡部に野上というモデラーを紹介するのである。わかる……。編集部にいきなり来たお客さんが自分の好きな甘いものを持ってきてくれると、ちょっとテンションがあがる。少なくともおれはそうだった。あと、会話している相手がどのへんまでわかってないのかをあんまり確認せず半笑いで専門用語を連発して、自分一人だけわかった気持ちになっちゃって悦にいるオタクというのも、模型誌の編集部ではかなりよく見る光景だったように思う。さすがに実際に模型誌を作っていた人の書いた本なだけあって、かつてないほど模型誌の編集者のことが正確に書かれているのだ。

 渡部はこの編集者鈴木に野上というモデラーを紹介され、さらにその師匠筋にあたる人物として、ストーリーに深く関わる土生井を紹介される。野上とはメールのみの連絡になるため、本文中にメールの文面がそのまま書かれるのだが、この野上からのメールも凄まじい。「御晩で御座います」から始まり、「然し乍ら」「成さって居られる様では御座いますが」「一弟子の分際で誠に不遜では御座いますが」など閉じられる漢字は全部閉じ、内容の割にやたらと固くて仰々しいメールなのだ。

 いやほんと、いるんである、こういう人。特に戦車や飛行機や軍艦のようなスケールモデルを専門にしている人にちょいちょいいるのだが、一人称は「小生」で、メールが漢字まみれで、「そんなに固くならなくていいのに……」とこちらが心配になってしまうようなモデラーは実在する。この野上からのメールを読んでいる時、そんなモデラーのおじさんたちの顔がおれの脳裏に浮かんでは消えていった。本文の中ではさらっと流されている箇所だが、少しでも年かさのモデラーと連絡をとったことのある人間(あんまり多くないと思うけど)なら確実に引っかかる箇所だと思う。

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