皆川幻想文学の最高峰『ゆめこ縮緬』が描く“美しい恐怖” 令和元年に復刊された名著を読む

 『ゆめこ縮緬』は、皆川博子氏の珠玉の八篇がおさめられている短編集だ。2015年の文化功労者にも選出された皆川氏は、73年の小説現代新人賞受賞以来、ミステリー、幻想小説、歴史小説、時代小説など様々なジャンルにおいて、第一線で活躍し続けている。受賞歴も華々しく、日本推理作家協会賞、直木賞、吉川英治文学賞など枚挙にいとまがない。そんな氏の作品の中でも、数多の幻想文学ファンを虜にする「皆川幻想文学の最高峰」こそが、この短編集である。

繊細な描写で、幻想文学の世界へ

 幻想文学では、不可思議な現象や想像上の人物が登場することが多い。本作でも、幽霊や化生のたぐいが多く扱われる。そう言われると、かなり浮世離れした印象を持つだろう。神話やグリムのメルヒェン童話のような、どこか遠く特殊な世界をイメージする。本作でも、幽霊や化生の類が多く扱われる。それは日常生活においてなかなか親しまないものだろう。だが、妙なリアリティを覚えるのだ。

 本作に収録された八篇の短編は、それぞれ独立した作品ではあるが、根底につながりを感じさせる作りとなっている。解説を寄稿した葉山響氏によると、時代設定はおそらく大正時代から昭和初期。作品によって舞台は変わるが、中洲(今の東京都日本橋中洲)が地名としてよく登場する。本作に感じるリアリティは、実在の地名が登場することも要因の一つとなっているだろう。しかし、もっと重要な要素として挙げられるのは、その色のくすみや鮮やかさ、場の匂いですら現実と錯覚してしまうほどの、繊細な描写だ。

 時代がかった語り口で、今から100年ほども昔の生活が綴られる。電気がようやく通った頃、それは現代の日常とはだいぶ異なり、想像をふくらませる必要のある世界だ。読者をその世界に迷いなく導くために、繊細な描写は重要な役割を果たす。川から引き上げた物のぬめる感じ、渡された桃の柔らかさまで、まるで実際に手に取ったように感じられる。だから違う時代、手の届かないところにいるはずの人々に無理なく心を寄せられる。そして知らない間に、人ならざるものにまで、心を寄せてしまうのである。

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