婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳
男性はプロフィール写真だけでお見合い相手を決める? 『婚活迷子、お助けします。』第四話
ここでも重視されるプロフィール写真の印象
質のいいネイビーのワンピースを身にまとい、シンプルなゴールドのネックレスをのぞいて、アクセサリーはひとつもつけていない。かわりにやや濃いめのメイクで、眉のラインもしっかり書かれており、ややきつめの印象を与える。もうすこし柔らかい雰囲気の格好をすればいいのに、と余計なお世話なことを思っていると、
「仲人はあくまで黒子なので」
と、見透かしたように華音は微笑んだ。
「葉月さんの今日のお召し物、とても素敵です。お写真を撮られたときと色も雰囲気も近いですね」
「華音さんに言われたから。プロフィール写真と雰囲気があまりに異なると、男性はびっくりしちゃうって」
何度か面談とメールのやりとりを重ねて、葉月と華音は名前で呼び合うようになっていた。そうしてくれ、と葉月が言ったのだ。かたくるしいままでは、いつまでたっても葉月自身が婚活へのハードルを下げられないような気がしたから。できるだけ華音には友達のよう……とはいかなくても、身近な人という感覚でいてほしかった。
「そうなんですよね」と、華音も出会った時よりややくだけた調子で肩をすくめる。
「男性はそもそも写真だけ見て面会を決めているケースも多くて。共働き希望って言ってたけどその人専業主婦希望されていますよーとか、自営業の方はいやだって言ってたけどバリバリフリーランスで働いていらっしゃいますよーとか。女性は多少見た目が好みでなくてもプロフィールが条件にかなっていればお会いしますって方も多いですが、男性の場合は……」
「見た目にピンとこないと、会おうとしない?」
「もちろん全員ではありませんけどね。そして、誤解しないようにお伝えしておきたいのは、あくまで印象の話であって、その見た目を永遠に保持してほしいということでもないんです。わ、このひと好きかも!って思えるテンションに、最初になれるかどうかというだけ」
「だから、女性はプロフィール写真が大事だと」
「写真で期待を抱くぶん会うときの期待も募るので、あまりにかけ離れた女性があらわれるとがっかりする場合も多く、できるだけ初回は写真からはずれた格好をしないようおすすめしています。好感触なら、2回目以降は少しずつ気を抜いていっても大丈夫」
「まあでもたしかに、男性ってちょっとした見た目の変化には気づかない人も多いですしね」
そういえば元恋人も、たまたま店員に薦められて買った丈の短いスカートを履いていただけで「今日は女らしいな!」と喜んでいたことがある。
――いけない、いけない。忘れなきゃ。
これでは、今日の見合い相手と面していても、元恋人といちいち比較してしまいかねない。それでは相手に失礼だし、なにより冷静に相手を見ることができなくなる。そんな葉月の想いを知ってか知らずか、「大丈夫ですよ」と華音は笑んだ。
「先入観のない人間はいません。まして葉月さんはこれが初めてのお見合いです。うまくいかなくて元々、と気軽に臨んでください。ブルーバードの会員さまのなかには、もちろん3カ月で成婚するような方もいますけれど、それはわりとレアケース。1年半から2年かかるのがふつうです」
それは以前にも聞いたことだ。将来を検討する意志がある、と互いに確認しあう「仮交際」までかかる期間はだいたい3カ月。他の相手との見合いを禁じられる「本交際」に入って結婚の決断をくだすまでに与えられた猶予は、最初の見合いから6カ月。それだけきくとずいぶんスピード婚のようにも思えるが、逆にいうと半年は迷う余地があるということで、気持ちが落ち着かずにいる今の葉月は、安心させられたのだった。
「運命の相手に出会おうと思わないでください。この人なら、と思える方に出会うまでは、少しでもまた会ってもいいなと思える方がいれば、お見合いを重ねてください」
「やっぱり就活に少し似ていますね」
喫茶店での会話をふたたび思い出して言うと、華音はわずかに恥じ入るように目を伏せた。
「就活のたとえはよくない、人によってはかえって反発心を招くって所長には言われますし、実際あのときはそうだったんですけど、でもやっぱり共通する部分はあると思うんです。どんなにお祈りメールをもらっても……お断りをされたとしても、それはあなたの人格やこれまでの人生を否定するものではないということも含めて」
はっ、と言われて葉月は気づく。そうだ。自分がお断りされることもあるのだ。その可能性が頭から抜けていた自分の不遜さに、今度は葉月のほうが恥ずかしくなってしまう。華音は、今度はそんな葉月の様子に気づくことなく、力強く拳をにぎった。
「でも就活と違うのは……いえ、本来は就活もそうであるべきなんでしょうけど、葉月さんご自身にこそ選ぶ権利があるということです。相手にあわせて望まない自分になる必要はないですし、ご自身の幸せのため、しっかりお相手をみきわめてきてください」
ああそうだ、と葉月は思う。選ばれるとか、結婚してもらうとか。そういうのが私はいやだったんだ。子ども産みたいなら多少の我慢はしなくちゃとか、そんなわがまま言っちゃだめだよと諭されたりとか。自分のことなのに自分以外のひとがあたりまえのように進むべき道を決めてしまうのがいやだった。
この人と一緒にいたら私は自分の人生を選べない。そう思ったから、元恋人とは別れたのだと。
結城華音のいるブルーバードを選んでよかった、と葉月もようやくぎこちなさの抜けた笑顔を浮かべる。ほっとしたように華音は、反対側の壁際のソファに座っている男性を目線だけで示す。
「お相手の方、もういらっしゃっています。10分前になったら男性のほうから声をかけることになっているので、あと7、8分お待ちください。お二人が無事に会えたら私は失礼いたしますので」
言われて向かいのソファに目をやると、藍色のジャケットに白いシャツを着た眼鏡の男性が文庫本を読んでいる姿が目に入った。けれど集中している様子はなく、そわそわと顔をあげては天井やオブジェをみまわしている。やがて葉月が見ていることに気がついたのか、あわてて文庫本に視線を戻した。
笠原友則、35歳。職業、システムエンジニア。
彼こそが葉月の見合いする、最初の相手だった。
■橘もも(たちばな・もも)
2000年、高校在学中に『翼をください』で作家デビュー。オリジナル小説のほかに、映画やドラマ、ゲームのノベライズも手掛ける。著書に『それが神サマ!?』シリーズ、『忍者だけど、OLやってます』シリーズ、『小説 透明なゆりかご』『リトルウィッチアカデミア でたらめ魔女と妖精の国』『白猫プロジェクト 大いなる冒険の始まり』など。最新作は『小説 空挺ドラゴンズ』。「立花もも」名義でライターとしても活動中。
(イラスト=野々愛/編集=稲子美砂)
※本連載は、結婚相談所「結婚物語。」のブログ、および、ブログをまとめた書籍『夢を見続けておわる人、妥協を余儀なくされる人、「最高の相手」を手に入れる人。“私”がプロポーズされない5つの理由』などを参考にしております。