山口連続殺人放火事件の真相は煙りのように……『つけびの村』が浮き彫りにする、噂話の怖さ
前述した通り、先祖代々からの老人だけがごくわずかに暮らす限界集落である。村人同士の濃密すぎる人間関係の中で生まれた住民トラブルとなれば、何か特筆すべきものがあると考えてしまうのは不思議ではない。取材をしていく著者の文面には、その環境の中に意外な真実があることをどこか期待しているようにも読み取れる。筆者は事件の舞台である村の風景を、具体例を出しながら詳述し、保守的で閉鎖的な集落の暗部を読み手にも強く想像させる。また、地域内で行われていた夜這いの風習の噂話や、ワタルの父親が泥棒であったという村人の証言が羅列され、事件への結びつきを連想させていく。その筆致には、まるで推理小説を読んでいるかのような印象さえある。
だが、本書には推理小説のような、ステレオタイプに期待を裏切られるような読後感、あるいは腑に落ちるようなわかりやすい答えは存在しない。そして、答えが無いのにも関わらず、とにかく最後の1頁を読み終えるまで、常にどこか冷たく重苦しい、不気味な感覚に包まれながらも読み進めてしまうのだ。
噂は噂でしかなく、ふわふわとした、決定打にはつながらないような煮え切らない温度感のやりとりが続き、現実は想像以上に日常的である。淡々としたレポートを、著者は決して演出することなく、事実を事実として冷静に描いていく。明確な答えが見つからないという事実の記述によって、さらに事件の不気味さと異様性を浮き彫りにしたところに、本作のノンフィクションとしての価値があるのではないだろうか。
興味深かったのは、村人たちの反応である。今回の事件に、仮に間接的にだとしても、自分が関与しているというような意識は、村人の誰にもなかったようにことが伺えるのだ。すぐ近くで起こった陰惨な事件だというのに、まるで他人事のようなのである。そんな村人たちの態度が、今回の事件の本質を物語っているように思えてならなかった。
■武井寿幸
38歳。熊谷工業高校機械科→武蔵野美術大学映像科出身。主にCM、MVなどをつくる映像制作会社を仲間たちでやっています。好きな映画は岸和田少年愚連隊とジムジャームッシュのミステリートレイン。
■書籍情報
『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』
著者:高橋ユキ
出版社:晶文社
価格:1,760円(税込)
書籍詳細