平野啓一郎、文学ワイン会で明かす『マチネの終わりに』創作秘話「けっこう僕は、愛を書いてきた」

 ワインショップ・エノテカ 銀座店 カフェ&バー エノテカ・ミレで開催されている『文学ワイン会「本の音 夜話(ほんのね やわ)」』。文学とワインを楽しむこのイベントは2014年にスタート。これまでに島田雅彦、江國香織、角田光代、島本理生、柴崎友香、田中慎弥といった作家がゲストして招かれ、文学ファンの間で人気イベントとなっている。10月10日に行われた第16回のゲストは、平野啓一郎。福山雅治、石田ゆり子の出演で映画化された小説『マチネの終わりに』を中心に、平野の創作秘話、プライベートのことなどを含め興味深いトークが展開された。


 まずは10月7日に行われた映画『マチネの終わりに』の完成披露試写会からトークはスタート。「その前に関係者向けの試写会があって。監督さん(西谷弘)、福山さんが、後ろから僕の頭を凝視されていて(笑)、反応を気にされていたんですね。映画は良く出来ていて、感動しました」と語った。さらにナビゲーター役の山内宏泰氏が「福山さんが“原作を読まれた方はどれくらいいますか?”と聞いてましたね」と水を向けると、「読んでいなかった方もかなりいらっしゃったので、まだまだ伸びしろはあるなと(笑)」と返し、会場は笑いで包まれた。

 ここで最初のワイン、スペインのスパークリングワインがサーブされた。『マチネの終わりに』の冒頭、蒔野聡史と小峰洋子がスペイン・バルで語り合うシーンに重ねたセレクトだ。

 小説『マチネの終わりに』は、世界的クラシックギタリストの蒔野聡史、フランス・RFP通信に所属しているジャーナリスト・小峰洋子のラブストーリー。40代という繊細な年齢を迎えた二人の運命的な出会いと葛藤を通し、愛の本質を描いた作品だ。『マチネの終わりに』は2015年から2016年にかけて毎日新聞、noteに連載され、2016年4月に刊行。この時期に恋愛小説を書いた理由について平野は、「けっこう僕は、愛を書いてきた作家のはずなんです。2作目の『一月物語』(明治の日本を舞台にした幻想的な作品)もそうだし、『葬送』(19世紀パリを舞台に、ショパン、ドラクロワ、ジョルジュ・サンドといった芸術家たちを描いた作品)もそう。ただ、その印象が埋没してる気がするんですよね」と回答。また、デビュー作の『日蝕』のことに触れ、こんな言葉を重ねた。

「『日蝕』は90年代末の閉鎖感から抜け出したい、文学体験を通じて解放されたいという気持ちがあり、中世のキリスト教の神秘主義にインスパイアされながら書いた小説。『マチネの終わりに』を書き始めたときも、政治や経済を含めて、世の中にうんざりしているなか、“もう一度、ここから解放されたい”という思いがあったんですよね」

 『マチネの終わりに』は、平野が提唱している“分人主義”(人間は分割できない統一体ではなく、相手や状況に応じて分かれる複数の人格、“分人”の集合体として存在しているという概念)を追求した作品でもある。


「洋子は、ジャーナリストとしてイラクにいるとき、蒔野と一緒にいるとき、両親といるときなどで、性格を描き分けています。読者に“こっちとあっちで印象が違う”と思われるかもしれないけど、上手く描ければ、多面性と深みを持った人間として捉えてもらえるだろうなと。そこは上手くいったんじゃないかと思ってます」

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