唯一の「京アニ大賞」受賞作、小説『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』に宿る“言葉の力”

 玲瓏(れいろう)という言葉がある。小説『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の主人公ヴァイオレットの声を描写する言葉として繰り返し登場する。意味は「玉などが透き通るように美しいさま。また、音声の澄んで響くさま」(デジタル大辞泉より)。

 本書の主人公を描写するのにふさわしい単語だ。その声は透き通るほどに美しい。しかし、透き通るということは裏返せば色がないということでもあるかもしれない。それは無垢とも言えるし、何も知らないとも言える。

 暁佳奈の『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、手紙の代筆業に就く少女の活躍を通して、言葉が人々の心を再生させてゆき、主人公が人の心と言葉の複雑さを知ってゆく模様を短編集のように綴った作品だ。これまでに全3巻(上巻・下巻・外伝)が刊行されている。どこかの島の孤児であり、だれかの命令を聞くしかできない、心を持たぬ「道具」のような存在だったその少女は、戦争に駆り出され「兵器」となり、多くの生命を奪う。唯一心を拓いた相手、ギルベルト少佐の最後の命令「生きろ」を守り、同じくギルベルトが発した「あいしてる」の意味を知るため、自動手記人形と呼ばれる手紙の代筆業に従事し、言葉とともに心の豊かさを身に着けていく。

 アニメーション制作会社、京都アニメーションが主催する「京都アニメーション大賞」全10回の中で唯一の大賞受賞作であり、2018年には同スタジオによってTVアニメ化された。その映像美と瑞々しい物語は大きな感動を呼び、2019年と2020年に2本の劇場版の公開が予定されている。言葉が軽々しく氾濫する現代社会に対して、言葉の大切を切々と伝え、深く心に染み込んでくる作品だ。

「自動手記人形」という人の心のエキスパート

暁佳奈『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝』(KAエスマ文庫)

 上述したが、本書は、京都アニメーション大賞唯一の受賞作である。毎年開催され、10回もの歴史を重ねながら、大賞受賞作が1本のみというのは異例のことだろう。どれだけ厳しい審査基準なのかわからないが、京都アニメーションの公式サイトによると、大賞受賞作品は必ずアニメ化するのだという。少なくとも、応募段階で確実にアニメ化したいと思わせるほどの作品ではなければ──それも日本最高のアニメスタジオである京都アニメーションの基準で──大賞受賞はできないのだろう。

 そんな本書を最も特徴づけているのは、手紙の代筆を請け負う自動手記人形というユニークな職業のあり方だろう。人の心に寄り添い、想いを汲み取り、美しい手紙をしたためる。作品世界のモデルと思われる20世紀初頭の欧州の、当時の職業婦人の花形だったタイピストのように、タイプライターを主な仕事道具とし、ただの記録ではなく、人の心の機微をすくい取る技量を求められる。自動手記人形は、文字通りの手紙の代筆ではない、本人も気づかない心の深奥を探り当て、差出人と送り先の心を結ぶ言葉を綴る能力が必要なのだ。

 ヴァイオレットの同僚、カトレアの仕事風景を著者はこんな風に描写する。

 音楽には始まりと終わりがある。印象的に、もしくは優しく朗らかに、奏でる曲によってそれは違うが始まりから中盤までどんどん盛り上げていく。タイプライターの音はピアノ。万年筆の音はヴァイオリン。そして最後はシンバルの音が鳴って終わるのだ。

「・・・・・・どう?」

 出来上がった手紙は、生き物になっている。言葉一音一音が踊りだす、インクの匂いに人の息吹を感じる。手紙が物語になる。(外伝 P207)

 手紙は生き物であることが重要だ。差出人の物語、つまり人生の息吹が宿るように生き生きと感じられるものでなくてはならない。自動手記人形とは言葉で人の人生を伝える「心のエキスパート」なのだ。

非リアルな少女のリアルな葛藤

 物語は、代筆業を依頼したある小説家の元に、ヴァイオレットが派遣されるところから始まる。TVアニメを観た方ならご存知だろうが、小説版とTVアニメ版は構成が異なる。時系列に沿ってヴァイオレットが自動手記人形となる前から始まり、彼女の成長にスポットを当てているアニメ版に対し、小説版は依頼者と同じ目線で、美しい代筆屋の少女との邂逅を読者に体験させるように始まる。各話短編集のような構成で綴られた本書は、毎回異なる依頼者とヴァイオレットの出会いが描かれるが、毎度ファーストコンタクトの折、ヴァイオレットの外見の美しさを丹念に描写する。

 物語から飛び出てきたような美しさの金髪碧眼の女は、愛想笑いを浮かべることもなく玲瓏な声で言った。

 ヴァイオレット・エヴァーガーデンという女はまさに人形の如く美しく静な佇まいをしていた。金糸の睫毛に覆われた青い瞳は海の底の輝き、乳白色の肌に浮かぶ桜色の頬、艶やかにルージュがひかれた唇。

 どこをとっても欠けることのない、満月のような美を持つ女。

 瞬きさえしなければ、ただの鑑賞物になるだろう。(上巻 P17)

 依頼者の小説家オスカーはあまりの完成されたヴァイオレットの美しさに、ヴァイオレットのことをアンドロイドだと信じ込んでいた。読者にも途中まで彼女が人間であるのか、人形であるのか明かさずに物語を展開してゆく。本書がKAエスマ文庫という、半ばライトノベルに近い体裁のレーベルから出版されていることもあり、20世紀初頭の欧州を思わせる世界観で架空のオーバーテクノロジーを描いた作品なのかと思わせる始まり方をする。

 ヴァイオレットの第一印象はどの依頼者もおしなべて「美しすぎてリアリティがない」というものだ。そんな精巧な人形のような彼女が、依頼者の心に寄り添い、悩み、考え、美しい言葉を紡いでゆく。そのやり取りを通じて、リアリティのない、透き通った透明のような存在に思われた彼女の輪郭が立ち昇ってくる。人の心をどうすれば深く知ることができるのか、喪失をどのように埋め合わせたらよいのかと葛藤する生身の人間でることが読み進めるほどにわかるのだ。本書は、ライトノベル的非リアルと人間の本質のリアルにせまる文学のせめぎあいの緊張感の中に存在し、その立ち位置ならではの独特の読後感がある。

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