未唯mie × ジェーン・スー 特別対談:“アンチ限界”の自由な生き方 ピンク・レディーがあったから生まれた現代へのメッセージ

未唯mie × ジェーン・スー 特別対談

 1976年、『ペッパー警部』でデビューしたピンク・レディーは、2026年で50周年を迎えた。そして、未唯mieは、1981年のピンク・レディー解散後も歌い続け、今年でソロ活動45周年を迎える。その2つの節目に発表されたのが、新曲「Anti Limit」だ。サウンドプロデュースは、ソウル/ディスコに特化したプロデューサーのT-GROOVE。バラードの静けさから一気にダンサブルかつパワフルに展開していくディスコナンバーである。

 この曲の作詞を託されたのは、コラムニスト、ラジオパーソナリティであり作詞家の顔も持つジェーン・スー。幼少期にピンク・レディーに熱狂し、23年前の復活コンサートを人生の支えとしてエッセイに綴った過去があり、未唯mie本人が「私の存在価値を大きく評価してくれる」と信頼を寄せる相手でもある。歌詞のテーマは、アンチエイジングではなく、アンチ限界。聞き分けのいい女性像を求める視線を痛快に突き返しながら、同世代へ明るく発破をかけるこの歌詞の筆致は、どんなやり取りから生まれたのか? 「Anti Limit」が生まれた背景と年輪を重ねながら表現を続ける尊さについて、未唯mieとジェーン・スーが貴重な対談を通して語り合う。(三宅正一)

「雷に打たれたみたい」 ジェーン・スー、ピンク・レディーの復活ライブを観た衝撃

――まずは未唯mieさん、デビュー50周年&ソロ活動45周年、おめでとうございます。この数字を見ると計り知れない重みも感じるのですが、ご自身の体感としてはどうですか。

未唯mie:そんなに経ってるって思えないですよね。自分の中ではずっと繋がっている人生なので、10年前にも20年前にも30年前にも、感覚がポンっと飛べる。だから自分のキャリアに対してあまり明確な感覚がないんです。

――数字を意識しすぎないことも大事なのでしょうか?

未唯mie:還暦になる時にはあったんですよ、「還暦って……」という感覚が。「表現も少し枯れていったほうがいいのかな?」と一瞬思ったんですけど、いつも伺っていた美輪明宏さんの音楽会で、ちょうどその頃に「あなた、これからよ」って言われて。「え、私ってこれからですか?」って(笑)。これからということは、ここから新しいことをどんどん発掘していかなきゃいけないってことでしょう。それで意識がパーンと変わりましたね。

未唯mie × ジェーン・スー 撮り下ろし
未唯mie、ジェーン・スー

――スーさんは、今のお話を聞いていかがでしたか。

ジェーン・スー:先を行く人、特に女性が楽しそうに活動されているのは、「きっと私たち、この先もずっと楽しいんだ」と思える一番の証なんです。未唯mieさんたちのような姿を見て、逆に私たち自身も下の世代に対して、自分たちが楽しく生きているところを見せていかなきゃなと思える。まさに灯台のような存在ですね。こっちに進んでいけばいいんだなって。

――今回、その思いが交わる形で「Anti Limit」という楽曲が生まれたと思います。未唯mieさんがアニバーサリーを記念するこの曲にディスコサウンドを選んだのは、なぜだったんでしょうか。

未唯mie:ディスコは私にとって、本当に音楽の原体験なので。「この時期だからこそディスコだ!」って思ったんですよ。ここでやらずして、という思いでしたね。

――作詞をスーさんに依頼した経緯を聞かせてください。

未唯mie:今回は自分で歌詞を書くより、どなたかにお願いしたくて。いろんな方を思い浮かべていたら、そういえばジェーンさんはピンク・レディーを大好きと言ってくださっていたし、私のライブにも来てくださって、今の活動も興味深く見てくださっている。「もしかしてすごい歌詞を書いてくれるんじゃないか」という予感があって、お願いすることにしました。

――交流は以前からあったんですね。

ジェーン・スー:私が雑誌『ku:nel』で持っていた連載エッセイで、20年ちょっと前のピンク・レディーの復活コンサート(2003年から2年間限定で開催された『ピンク・レディー メモリアルコンサート』ツアー)のことを書いたんです。あのコンサートは私にとってあまりにエポックで、今も大きな支えになっているんです。そしたら、絶対に届かないラブレターのつもりで書いたエッセイをご本人たちに読んでいただいて。ただ、まさか一緒にお仕事ができるとは思っていなかったので、お話をいただいた時はちょっと震えましたね。

未唯mie × ジェーン・スー 撮り下ろし

――そのエッセイには、どんなことを書かれたんですか。

ジェーン・スー:私は今年53歳で、世代的にピンク・レディーがドンズバなんです。幼稚園の頃からとにかく歌番組を観てはピンク・レディーを真似して歌って、という世代。20年ちょっと前、私が30歳ぐらいの時に、まずピンク・レディーの振り付けDVDを買ったんですよね。家に10人ぐらい友達を呼んで、夜になると鏡みたいになるから窓ガラスの前で毎晩踊ってたんです。昔のように踊れると思ったらだいぶ踊れなくなっていましたけど(笑)。

――今の若い子たちがK-POPで踊るように。

ジェーン・スー:そう(笑)。その頃ちょうどピンク・レディーの復活コンサートが開催されることを知ったんですけど、もちろんチケットはなかなか取れなくて。唯一取れたのが神奈川県民ホール公演で、同世代の同性の友人たちとコンサートに行ったんですね。子どもの頃は、ピンク・レディーはただただ憧れのアイドルだったんです。でも、大人になって見返すと、当時の私たちの熱狂が、ある種、お二人の青春を奪ってしまった側面もあったんだなと思うようになってきて。そういった罪悪感が芽生えていたところに、あの復活コンサートがあって、お二人が現役の時より高く足を上げて、ずっと生で歌っていらして。「ああ、二人がピンク・レディーを自分たちの手に取り戻したんだ」と感じてすごく感動したんです。当時の40代は今よりも社会の中で女性の居場所が少なく、働きづらい時代でした。そこにお二人がキラキラしながらステージに出てきてパワフルなパフォーマンスを見せてくれて、MCで「もう疲れたわ。私たちいくつだと思ってるの?」と笑いを誘いつつも、ケイさんが(オーディエンスに向かって)「歌いなさい、立ち上がりなさい、求められているうちは働きなさい」って言ったんです。それまで仕事に文句ばっかりだった私は、雷に打たれたみたいな衝撃を覚えて。それからコンサートを観た30いくつの女たちが、みんなで号泣しながら「頑張ろう」って言い合って、みんな今も働いてるんですよ。しかも、あの復活コンサートは誰かにやらされていたわけじゃなく、お二人が能動的な意志を持って復活させ、音楽をすごく好きなんだとわかったのが何より嬉しかった。そういう思いを書いたエッセイでした。

未唯mie:そのエッセイをすごく嬉しい気持ちで読ませていただきました。

未唯mie × ジェーン・スー 撮り下ろし

――スーさんからは幼少期からのファンが大人になった視点として、「青春を奪ってしまった」という言葉がありましたが、それに対して未唯mieさんはどう思われますか?

未唯mie:ピンク・レディー時代を振り返ると、すべて仕事の記憶しかないわけですけど、まったく悔いはないんです。高校ぐらいになると、私は女子校だったので、みんなボーイフレンドやおしゃれの話で盛り上がりますよね。そういう人たちを見て、逆に「それだけだと寂しいんじゃない?」とさえ思っていて。「今ここで将来を見つけなかったら間に合わなくなる」という気持ちがあったんです。歌手になりたいという思いは中学生の頃からあったので、キャッキャッとした話題には目もくれず、ひたすら歌に突っ走り、実際に歌手になれて、たくさんの人に応援していただいて。だから悔いはないんですね。

――ピンク・レディーの活動期間は4年7カ月。世間の記憶より、実際はずっと短いんですよね。

未唯mie:期間で言うと短い感じがしますけど、活動している時は10年も20年もやっているような、ギュッと詰まった時間で。1日が24時間じゃなくて、もっと長い感覚がありました。2年目にラスベガス公演に行って、3年目に「UFO」で日本レコード大賞をいただいて、世界デビューまでして。一足飛びのようでいて密度濃くやり切った感はありますね。

――スーさんの人生を変えた復活コンサートは、当の未唯mieさんにとってはどんなものだったんですか?

未唯mie:それまでにも何回か再結成はしているんですけど、大抵は周りからお願いされて「じゃあやってみるか」という感じだったんです。でも45歳の時の復活のお話は、確かにジェーンさんがおっしゃってくれたように、誰かに頼まれてする感覚ではもうできないと思いました。当初は「1年間で100カ所を回ってほしい」という依頼だったんですが、それを依頼と取るんじゃなく、私たちが本気でコンサートツアーをするんだという気持ちだったんです。「現役当時をくすませないパフォーマンスができるのは、これが最後かもしれないから、覚悟を決めてやってみよう」と。ケイと話し合って、1年で100カ所は厳しすぎるから2年間にしてもらったんですけど、それがジェーンさんにも観ていただいたツアーでした。

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