さらさ、喜びも翳りも引き連れて歌う不変のマインド ルーツへの深い敬意に根ざした“ブルージー”の意味とは?

さらさ、翳りも引き連れて歌うマインド

 落ち込んだ気分に蓋をして、無理に明るく振る舞う。そういう明るさが、いまは至るところで鳴っている。「元気出して」も「前を向こう」も、間違っちゃいない。間違っちゃいないんだけど、正しさの分だけ重たくのしかかる日が、僕にも君にもある。その重さにそっと風穴を開けてくれるのが、シンガーソングライター・さらさだ。

 さらさは、蓋をしない。悲しいなら悲しいまま、ぐちゃぐちゃならぐちゃぐちゃのまま、手のひらに乗せて、それでもなお微かな光の方向へと顔を向ける。彼女が活動の理念として掲げる「Live Bluesy(ブルージーに生きろ)」とは、まさにこの構えを指している。負の感情を否定するのではなく、それを動力源としてグルーヴへと変換し、クリエイティブへと昇華していく彼女の身振りが、いま急速に広がりを見せている。

 2026年、彼女を取り巻く状況は大きく動いた。ソニー・ミュージックレーベルズ内のEPICレコードジャパンより、8月5日にメジャーデビュー作となるミックステープEP『Live Bluesy』をリリースする。さらに、『SUMMER SONIC 2026』ではSpotify Stageにバンドセットでの出演が決まり、『LIVE AZUMA 2026』への出演も決定した。秋には新たな東名阪ツアーを控えるなど、この1年で彼女の名前を見聞きする機会は確実に増えた。

さらさ アー写
さらさ

 さらさは湘南・茅ヶ崎で育ったが、彼女のまなざしを通した海は、陽気なリゾートやサーフカルチャーの象徴としてのそれではない。事実、彼女は一時期「湘南出身」「海」というステレオタイプなイメージで自己が語られることに嫌悪感を抱いていたと述懐している(※1)。しかしパンデミックで外出が制限され、地元の海と否応なく向き合ったとき、その見え方は劇的に変化した。毎日眺めていると、荒れる日もあれば、凪ぐ日もある。穏やかな水面の下では、速い潮が渦を巻いている。その目に見えないエネルギーや、到底制御できない海のダイナミズムは、人間の矛盾した内面とそっくりだった。

 この「海との出会い直し」が、2022年に発表された1stアルバム『Inner Ocean』のタイトルへと直結している。

 その海のそばで、母譲りのフラダンスによる身体性、子役時代の演劇的表現が、順に彼女を形づくっていく。そして軽音楽部での活動を機に、半世紀前のソウルミュージックも、昭和の歌謡曲やロックも、2000年代のR&Bも、一つの体の中で溶け合っていった。自身のルーツと歴史をいかに引き受けるか。その姿勢は、メジャーデビューに向けた彼女のアクションに極めて自覚的に表れている。

 『Live Bluesy』リリースに先駆け、7月7日に新曲「KAMINARI」が先行配信された。この日付の選択は偶然ではない。彼女がシーンに躍り出たインディーズデビュー曲「ネイルの島」が世に出たのが、5年前の2021年7月7日である。メジャーへの第一歩を、自身の原点とまったく同じ日付に重ねたことで、インディーズ時代の文脈とメジャーでの新たな展開がシームレスに接続されている。

さらさ - ネイルの島 [Official Music Video]

 この歴史の連続性を重んじる姿勢は、メジャーデビューの発表手法にも顕著に表れていた。今年6月4日、さらさは自身が初めてワンマンライブを行ったSpotify O-nestでファンミーティング『Live Bluesy #1』を開催した。キャパシティ約300人という親密な空間にファンを集め、「こういう距離感でみなさんにお伝えしたくてこの機会を作らせていただきました」と、自身の口から直接メジャーデビューを報告したのだという(※2)。

 これまで鳴らしてきた楽曲も、小さなステージで汗をかいてきた時間も、ファンとの親密な距離感も、決して切り捨てることなく、すべて携えていく。彼女の歩みは、常に自身のルーツへの深い敬意とともにある。

 8月5日にリリースされるメジャーデビュー作『Live Bluesy』は、そのタイトルも相まって、彼女のインディーズ期からの蓄積をすべて積み込んだ、巨大な「船」としての役割を担っている。この「船」に収められた既発の3曲(「青い太陽」「Thinking of You」「YOU」)は、音の作りがまるで異なる。それぞれの楽曲を順に紐解いていく。

 「青い太陽」は、ビートの曲だ。タイトで乾いたブレイクビーツと、深くバウンスするベースライン。いまのローファイヒップホップにも通じる、オルタナR&Bの手触りである。その乾いたグルーヴの上を、囁くような声がすっと漂っていく。決して張り上げず、息遣いを残したまま、耳のすぐ横で鳴っているみたいに近い。硬く乾いたビートと、濡れたような囁き。この2つの手触りの落差が、聴くほどに効いてくる。

 都会的でスモーキーなジャズやR&Bのグルーヴを持つ「Thinking of You」は、1990年代後半の日本の女性R&Bシーンへの強い憧れから生まれた。尖った強さと大衆性が両立していたあの時代の輝きを、令和の時代に更新しようとする野心的な試みである。特筆すべきは、本楽曲の制作過程における心理的葛藤である。さらさは当初、「悲しみの影が落ちていない曲をいつか書けるようになりたい」と思い、「今この幸せをただただ見つめるだけの曲」を書こうと試みた。しかし、幸福を見つめれば見つめるほど「いつか終わりが来る」という先の展開を考えてしまい、どうしても純粋な幸福だけを描き切ることができず、影や翳りを落とし込んで完成させた(※3)。ネガティブを無理に排除せず、光と影のアンビバレントな状態をそのまま提示する。この「蓋をしない」手つきこそが「ブルージーに生きろ」の体現だ。

さらさ - Thinking of You [Official Music Video]

 奇しくもこの真摯な楽曲は、同じく茅ヶ崎の海を見て育った桑田佳祐の目に留まり、彼のラジオ番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』(TOKYO FM)における特別企画「桑田佳祐が選ぶ、2025年 邦楽ベスト20」において見事第1位に選出された(※4)。

 彼女にとって初のドラマタイアップ(MBSドラマ特区『透明な夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。』エンディング主題歌)となった「YOU」は、前の2曲とは全く異なるアプローチを見せる。フェルトを挟んだような丸く古びたピアノの和音がそっと繰り返され、囁くような声と控えめな音が少しずつ重なっていく。まるで波の音を聴いているかのように、ノスタルジックな空間へとすっぽりと包み込む。さらさはこの曲について、「不安な心を抱えたまま、明るい光を信じようとしてみる、その心の矛盾に美しさを覚えます」と語っている(※5)。根っこにあるのは「矛盾の肯定」である。未来への不安に囚われている自分を捨て切れなくても、明るい光を信じようとする。その心の揺らぎを、翳りごと抱え込む姿勢が、見事に音響化されている。

さらさ - YOU [Official Music Video]

 3曲とも鳴りはまるで違うが、どれを聴いても一聴して「さらさだ」と認識できる。それは音色やジャンルのタグづけによるものではなく、悲しみも、喜びも、翳りも、いかなる感情も一つとして捨てずに抱えたまま歌うという、その精神的・肉体的な「構え」が不変だからである。

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