エルスウェア紀行 安納想×映像ディレクター 阿部友紀子 “括れない好き”が生んだ「温度と一部」MV秘話

エルスウェア紀行 安納想×阿部友紀子 対談

「ひかりの国」から「温度と一部」へ――大切にする“余白”の美学

――「温度と一部」の話をする前に、「ひかりの国」のMVを振り返っていただけますか?

安納:ライブでも時々お話ししてるんですけど、「ひかりの国」は最終的に救いのない言葉の着地になってしまったことに悩んで、「このまま出していいのかな?」と思っていたんです。それまで前身名義の楽曲は寂しさや悲しさがあったとしても、希望が透けて見える着地をしていたんですけど、エルスウェア紀行を始めたばかりの頃のこの曲は〈光はない〉〈音のない 革命の のろしも/遠くへは届かない〉と言い切る歌詞を書いていて。それを友紀子さんに相談したら、「救われなさに救われる人もいると思う」みたいなことを言ってもらって、それがすごく大きくて。

エルスウェア紀行「ひかりの国」MusicVideo

――その言葉は僕もライブや過去の取材で聞いていましたが、阿部さんの言葉だったんですね。

安納:そうなんです。徐々にパーソナルな部分というか、ポジティブじゃなくても、今あるものを出すようになったんですね。エルスウェア紀行という名前に引っ張ってもらって、どんなものであっても出てきたものは記録として残していいと思えるようになって、より人生と音楽が近くなった時期で。それでできた「ひかりの国」に対して、「救われなさに救われる人もいるよ」と言ってもらえたから、「何でも書いてみよう」という気持ちになれました。それに、そうして書いた曲をあんなふうに映像にしてもらうことができるんだ、とあらためてびっくりしました。覚和歌子さんの話はしてたんですよね?

阿部:そうそう。体育館の話を聞いて。

安納:「ひかりの国」の中間のワルツのセクションは、覚和歌子さんの『ゼロになるからだ』という詩集に収録されている短編の「鬼の素」をモチーフにしていて、「鬼の素」には小学校の体育館が出てくるから、それがあの設定につながっています。

阿部:“小学校の体育館”というキーワードから、純粋な時期の子供たちを描きたいと思って、ずっと続くと思っていた無垢な日々の終わりみたいなものをイメージしたストーリーになりました。過去の自分を振り返ると、私の家は転勤が多かったので転校を何度かしていて、そんな些細なことでも、子供の頃は世界が狭いから、絶望しちゃうんですよね。そういうまっすぐな寂しさや純粋な気持ちを「ひかりの国」から感じたので、それを映像にしました。

――撮影ではどんな部分を大事にしましたか?

阿部:女の子ふたりに「こういうシーンなんだ」ということは伝えるんですけど、演技をさせるということが自分のなかでしっくりこない感じがあって、ふたりのナチュラルな表情が撮りたいと思っていました。朝に集まって、実際にどんどんふたりが仲良くなっていく、その姿や表情、本当に笑ってる顔や自然なたたずまいを見せたかったんですよね。それは「ひかりの国」に対してリアルさを感じたからで、映像もそういう方向性を目指しました。構成自体は、スッと出てきたかもしれない。エルスウェア紀行の曲は、多くは語っていないんですけど、曲の余白部分で自分のこれまでの記憶とか、過去の感情を思い出させる力があると思っていて。それはエルスウェア紀行を普段聴いている人は結構感じているんじゃないかな。具体的すぎないんだけど、どこか自分とリンクするところがあるから、「ひかりの国」にしても、それを素直に映像に出せたら、と思いました。

エルスウェア紀行 安納想
エルスウェア紀行 安納想

――余白の部分というのは、安納さんが大事にしている部分でもある?

安納:そうですね。でも、友紀子さんと出会えたことで「大事にしていいんだな」と思えた部分かもしれない。もっと、ポップスでありたいなら具体的でわかりやすいものを書かなきゃ、と思うこともたびたびあったんですけど、自分は昔から余白のある作品を好きになることが多くて。「温度と一部」のテーマに通ずる“言い切らないもの”に救われてきたから、友紀子さんがその余白の部分を大切にしてくれることで許されてる気持ちにもなって、すごくありがたい循環になってました。

――やっぱり音と映像で文通をしてるみたいですね。

安納:今日本当はもうひとり、板橋佳介くんを呼ぼうかなと思っていたんです。これまでのエルスウェア紀行の作品は、トヨシさんと私と友紀子さん、あと板橋くん、ほとんどこの4人で作ってきていて。板橋くんは最初、友紀子さんをお手伝いする形で入ってくれて、彼も映像を撮るようになり、グッズのアイデアから一緒に考えたり、デザインもお願いしていて。撮影は夜中の3時に集合して、24時間以上かかったり、4人しかいないから本当に大変ではあったんですけど、今振り返るととても楽しかったし、すごく大事な時間でした。

阿部:部活動みたいな感じかもしれない(笑)。

安納:いつ一緒に作品を作っても純粋にワクワクできるから、何か大変なことがあっても、「また次のMVまでは頑張ろう」という感じが底にあって、このチームに助けられてここまで来られた感じはあります。ぜひどこかに書いていただきたいのは、4人の歴代の家が全部MVに出てきていることです(笑)。全員のすべての家を使い切って、インディーズを終えました(笑)。

エルスウェア紀行 安納想

――「温度と一部」のMVは「ひかりの国」の続編を観ているかのようで、非常に感動しました。あの女の子は同じ子というわけでは…。

安納:ではないんです。オファーしようかという話も出たんですけど。

――なぜ「ひかりの国」の続編のような内容になったのでしょうか?

安納:“括れない好き”の話はしました。「好きってなんだろう?」って。

阿部:学生時代でも、大人になってからでも、1カ月とか、1年とか、決して長くはない、短い時間だけすごく密にやりとりをして、でも今はもう会わなくなった人がいたりするじゃないですか。それは恋愛だけじゃなくて、一緒に学生時代を過ごしたり、一緒にものを作った人もそう。「温度と一部」の〈ゆめをいつも話して〉っていうフレーズがすごく好きなんですけど、誰かを大切に思う気持ちって、同性でも異性でも、家族でも恋人でも、一緒にいた時間が長くても短くても、いろんな人に対してあるよね、みたいな話をして。

安納:そういう話をしたなかで、「ひかりの国」のあの子たちの関係も、側から見たら“同級生”とか“友達”にカテゴライズされるのかもしれないけど、“括れない好き”にフィットする関係性なんじゃないかな? というところから、なんとなく数年経ったふたりをイメージしました。

エルスウェア紀行「温度と一部」Official Video / Elsewhere Kikou - A piece of warmth

――なるほど。

安納:それこそ、友紀子さんとの関係も友人だとか仕事だとか、簡単にカテゴライズはできないけど、でも“好き”っていう気持ちがあったり。もちろんそれぞれの人生があって、体験を共有しているわけじゃないけど、何かと幼少期の話をするんです。その頃の寂しさとか、匂いとか、気配とか、そういうふわっとしたもので、「もしかしたら似ているところがあるかも」って思うこともあって。だから子供の物語を描いた「ひかりの国」が特別引っかかっていて、今回「温度と一部」と地続きに見えたのかもしれない。

 過ぎ去ったもの、戻れないもの、刹那的なものには、寂しさがまとわりつくけどそのなかに幸せがあったり、楽しかった記憶がある。“ハッピーサッド”というか、悲しいなかに幸せがある、幸せのなかに悲しさがある、そのどちらもある感覚を映像にしてくれる人だと思っていて。自分たちも音楽でそれをやりたいし、やっていると思うから、そこが共鳴しているのかなって、今話をしながら思いました。

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