Mrs. GREEN APPLE、Vaundy、幾田りら、Ado……それぞれの感性で描く“風”をテーマにした楽曲たち

 J-POPにおいて“風”というモチーフは決して珍しいものではない。季節の移ろいや心情の揺らぎを託す言葉として、これまで数多くの楽曲に織り込まれてきた。だが、その王道とも言える題材は、今なお新鮮な広がりを見せている。

 4月13日に配信リリースされたMrs. GREEN APPLE「風と町」を聴くと、その表現の多様さと解釈の豊かさが浮かび上がる。「風と町」で描かれるのは、どこまでも生活に寄り添った温かな風だ。町の風景やそこに生きる人々の営みが不可分のものとして存在し、記憶を運び、人と人とを結びつける役割を“風”が担っているのだ。大森元貴(Vo/Gt)の包み込むような歌声と、どこか懐かしさを帯びたサウンドは、朝の光に照らされた町並みの空気感を想起させる。ここでの“風”は、移ろいゆく時間のなかでも変わらない想いをそっと後押しする存在であり、日常のささやかな瞬間に潜む情感を丁寧にすくい上げている点が印象的だ。

Wind and Town

 ときに“風”は単なる自然現象にとどまらず、神格化された圧倒的な力として立ち現れる。しかし、Vaundyが「風神」というタイトルのもとで提示したのは、人と人が向き合ったときの軋轢のなかで生まれるぬくもりだ。ドラマ『ライオンの隠れ家』(TBS系)のために書き下ろされた本作では、冷たさや暴力性を受け入れつつ、その痛みにも優しさを見出す人間の強さを表現している。緻密に構築されたビート、鋭さと浮遊感を併せ持つボーカルが織りなすサウンドは、聴き手の身体感覚に直接作用する強度を持つ。Vaundyは、現代的なダンスミュージックの文脈をなぞりつつ、温かなメッセージを描いてみせた。

風神(TBS系金曜ドラマ『ライオンの隠れ家』主題歌) / Vaundy:MUSIC VIDEO

 幾田りらの「恋風」において、“風”はきわめてパーソナルなものとして描かれる。誰かを想うときに胸をかすめる淡く儚い感情の揺れ。それを幾田は、“風”に喩えている。彼女の透明感ある歌声は、触れれば消えてしまいそうなほどに繊細で、心の機微をやわらかく描き出す。オーガニックな質感を持つサウンドと相まって、その表現は過度にドラマティックに振れることなく、等身大の感情として聴き手の内側に染み込んでいく。静かでありながら確実に心の景色を変えていく、そのアプローチの妙が光る。

幾田りら「恋風」 Official Music Video

 Adoの「風と私の物語」においては、“風”は自己を解き放つための象徴として機能する。宮本浩次が作詞曲、まふまふが編曲を手がけた同曲。サウンドを切り裂くように響くAdoのボーカルは、向かい風すらも推進力へと転化していくような強靭な意志を体現している。ここでの“風”は外部から与えられるものではなく、自らの内側から巻き起こる衝動に近い。過去を思い返しながら、なお前へと進もうとする力を可視化する存在として描かれている点が特徴的だ。そのうえで、Adoの圧倒的な声の力は、聴き手の内に停滞した空気を一気にかくはんするような鮮烈さを放つ。

【Ado】風と私の物語

 同じ“風”という言葉を掲げた楽曲ながら、そこに託された意味は驚くほどに異なる。自身と何かをつなぐ体温として、抗えぬ時代のうねりとして、恋の機微を映し出すものとして、そして自己を駆動させる力として。その解釈の差異は際立つ。“風”というひとつのモチーフから立ち上がる多層的な物語の広がり。そこには、表現の厚みと更新され続ける現代J-POPの現在地が確かに刻まれている。

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