木村竜蔵&木村徹二、兄弟対談! 「非常識感が強さなのかもしれない」――演歌界での役割、『風神雷神』に込めた意志
尾崎豊、山下達郎、玉置浩二、久石譲――竜蔵&徹二に流れるJ-POPのDNA
――徹二さんは“聴いてきた音楽の違い”が歌の質感に出ると話していましたが、そもそもおふたりのルーツはどのあたりにありますか?
徹二:母親が尾崎豊さんが大好きで、そこから聴き始めて、山下達郎さん、玉置浩二さんと歌謡曲も含めて広げていきましたし、洋楽も含めてかなり多岐にわたって聴いていました。聴いてきたジャンルはかなり幅広いです。
竜蔵:達郎さんや玉置さんはコアですね。僕は10代から音楽をやっていたので、弾き語りをするうえで参考にしていたのは、森山直太朗さんや秦 基博さん。あとインストも好きで、アンドレ・ギャニオンとか久石譲さんとか。ピアノと弦が絡む音が好きなんです。
――そうしたルーツは、今の活動にも活きていますか?
竜蔵:活きていますね。僕はライブで、ピッチやリズム以上に“言葉が入る”ことをずっと意識してきました。歌詞が伝わらないと、聴く側は入りづらい。だから、歌い方も詩の作り方も、そこは核として大事にしています。
――幼少期から演歌は身近だったと思いますが、演歌との関わり方はどうでしたか?
竜蔵:父(鳥羽一郎)と叔父(山川豊)の曲は聴いていました。ただ、徹ほどは聴いていないですね。作るのが楽しくなって、作るための素材探しでいろんなものを聴き始めたようなところもあります。
徹二:僕は歌うのが好きで、再現できないのが気持ち悪いタイプなんです。父のこぶしを聴いて「どうやって回しているんだろう?」って演歌もコピーして、なんとなくできるようになったりして。生まれつきできると言われることもありますけど、それはないですね。探求心と興味の範囲だと思います。
――鳥羽さんが「徹二はこぶしのセンスがある」とおっしゃっていたという話もよく言われていますよね。
徹二:あれは適当です(笑)。ただ、たしかに「演歌をやったほうがいい」と言われたのは僕だけでした。理由はわからないです。
――竜蔵さんから見て、徹二さんは演歌に向いていると感じていましたか?
竜蔵:素養があるなとはずっと思っていました。ただ、僕は子どもの頃、演歌界が退屈に思えちゃっていたんです。世界観から乖離しすぎると拒否感が起きやすい業界だと思うんですけど、それにしても循環していないように感じてしまって。テツが行っても、その味付けになるだろうなと思ったので、もしやるならば僕がコントロールできる形でやってほしい、と思っていました。
――竜蔵さんは「演歌界を活性化したい」とも発言されていますよね。
竜蔵:触れてみれば触れてみるほど面白い業界なので、もっと広がってもいいのにな、って。どうやったらサウンド感やアレンジ、歌詞が広がるかを実験しながらやっています。
徹二:すごいですよね。クリエイティブの面では、僕は絶対に敵わないと思っています。こだわりの深さが、そもそも違うんです。僕は、たとえば作品づくりでも「ここまで掘れば十分形になった」と思える地点があって、そこで手を止めてしまうタイプなんですよね。でも、彼はそこから先も平然と掘り進めていく。「まだ掘れるでしょ!」と言わんばかりに、ひとりで黙々と掘り続けて、ちゃんとお宝が出るところまでたどり着く。しかも、その“お宝”が毎回違うんです。ある日見せられた完成形に「そうきたか!」と思わされて、次はまた別の角度からまったく違う答えを出してくる。そのたびに、僕はここまで掘らないと出てこないものがあるんだなと実感しますし、そこは本当に敵わないですね。
竜蔵:100メートル掘って、最終的に1メートルまで埋め直す、みたいなこともありますけどね(笑)。
徹二:でも、それができる人なんですよ。僕はそこまで見越してできない。
――逆に、兄弟だからこそ出る強みはありますか?
竜蔵:ボケた時のツッコミの速さですね。何を言おうとしたかも、落としどころも、ちゃんとわかっている。この瞬発力は強みだと思います。
徹二:いろんな歌い手さんと絡むなかで活きています(笑)。波長が合う/合わないは仲のよさに帰着すると思うし、仲がいいのがいちばんの強み。年齢も年齢なので、恐る恐る試す段階でもないですし、提示したものが不正解なら諦めればいい、という腹の括りも含めて、今持っている武器で押し切るしかないと思っています。
竜蔵:演歌歌謡に関しては、干されても別にいいかな、なんて思っているところも正直あります(笑)。
徹二:究極の紛い物ですよ、はっきり言えば(笑)。演歌を作る人はめちゃくちゃ勉強して、師匠に怒られながらやる。歌い手も師匠に檄を飛ばされて、こぶしを磨く。でも、僕らはそれをやらないで「こんな感じじゃない?」という感じで作って、「こんなふうに歌えばいいんじゃない?」でやってきました。その非常識感が強さなのかもしれないです。ダメならダメでそれまで、という境地ですね。
竜蔵:今思うとしんどいですけど、デビューの頃、インタビューで「リアル兄弟船とか浅いこと書かないっすよね」みたいなこと言っていたんですよ(笑)。でも、多少ウザくても、覚えてもらえたらいいかな、って。それぐらい自由にやっていました。
徹二:僕も自由にSNSをやれているのは、縛りがないからです。師匠がいたら絶対できないと思うので。
竜蔵:全歌手にSNSスクールやった方がいいぐらいだよ。
徹二:全員こうなったらどうすんだよ(笑)!
――(笑)。ちなみに幼少期は、どんな兄弟でしたか?
竜蔵:今はとても仲いいですけど、子どもの頃は喧嘩ばかりだった気がします。
徹二:3歳差って、すごく絶妙なんですよね。離れすぎていると、かわいがられるだけの関係になりやすいし、近すぎると今度は力が拮抗して、張り合う感じにもなる。その点、3歳差は「少し先を行っていて、かっこいいな」と素直に思える距離だったと思います。僕自身、兄の足跡を見ながらあとを追ってきた感覚がずっとあります。兄がソロでライブをやっていた頃も観に行っていましたし、声をかけてもらったからこそ、今こうしてこの場所にいる。だからこそ、動きや次の一手もある程度読めますし、「変なことはしないだろうな」という信頼感も、昔からの積み重ねで自然とできていったものですね。
竜蔵:子どもの頃は、何をするにも兄貴の真似をしてくる感じがあって、正直ちょっと鬱陶しかったです(笑)。「自分のオリジナルはないの?」と思ってしまうこともありましたし、喧嘩も本当によくしていました。ただ、高校生くらいの頃から関係が変わっていきましたね。同級生の親友にも兄がいて、彼と遊んでいると兄貴たちも自然と一緒に行動するようになって。みんなでごはんに行ったり、「次どこ行く?」「何する?」みたいな感じで過ごしているのを見て、「仲よくできていない自分のほうがダサいな」と思ったんです。それで、じゃあ自分もちゃんと仲よくしてみよう、と。そうしたら、そこからは本当に一気に距離が縮まって、今に至るまでずっと仲がいいですね。