歌声分析 Vol.8:なとり UGC発ヒットの先へ 『深海』で露わになったボーカルの転換点、“声の役割”の進化

ジャンルを横断する声の変化――『深海』で完成したメタモルフォーゼ

 アルバム収録曲「EAT」は、ラウドなバンドアレンジが前面に出たロック文脈の1曲だ。特筆すべきは音域の広さで、低音の印象を保ちながら中高音域まで無理なく出している。ロックトラックに力強い声を当てるように歌うことで、エモーショナルな側面を発声で強調している。体力とコントロールがあってこそ成立する歌い方だろう。このサウンドとボーカルの拮抗がスリリングな楽曲の推進力になっている。

 「バースデイ・ソング」では、なとりのジャンル横断の感覚が歌でも際立っている。高音域は地声続きでロックを鳴らし、低音域ではブレスを多めに含んだジャジーなニュアンスへと切り替える。後半に連続するファルセットは、ジャンル表現というよりも楽曲のフックとして機能している。荒々しさと柔らかさのコントラストを声質の切り替えで描き、楽曲に物語性を与えている点も印象的だ。

 先日リリースされた最新シングル「セレナーデ」に収録された「リビングデッド」は、ミニマムな打ち込みのループが印象的な楽曲で、歌がリズム、メロディ、コード感、展開のストーリー性を一手に担う。曲の随所で、語尾の母音を響かせすぎず、あえて短く切り上げることで語感が宙に浮いたまま次へと繋がっていく。叫ばない、強く押し出さない。それでも存在感を失わないのは、声の置き場所と質感を把握した上で、鳴り方をコントロールしているからだと考える。終盤の〈「生きていたい」とか「死にたくない」とか/考えすぎて頭が痛い、ってか笑〉でオクターブ上に移行しファルセットを重ねていく展開には、ボーカリストとしての挑戦も見える。

 なとりはもはや、低音が印象的なアンニュイなシンガーソングライターではない。楽曲ごとに声の配置や音色を選び、前に出る時と沈む時を使い分けながら、構造そのものを動かしている。『深海』で起きている変化は、単なる成長や更新では説明しきれない。ボーカリストとしての役割が切り替わる――いわばメタモルフォーゼとも呼べる転換だと言えるだろう。なとりの歌声は今、空気を整える存在から、音楽そのものを駆動させる核へと変わった。その変化は、『深海』というアルバムを通して、はっきりと聴き取ることができる。

なとり - プロポーズ from ONE-MAN LIVE TOUR「摩擦」

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