山口美央子の“ポップス”を凝縮 聖書・アート・怪談……様々なモチーフから生まれた『LOVE & SALT』制作秘話

 山口美央子のニューアルバム『LOVE & SALT(ラヴ・アンド・ソルト)』が完成した。2022年の『FAIRYTHM(フェアリズム)』以来の新作になる。

いまの私なりのポップスを作りたいーー『LOVE & SALT』で表現したもの

 1980年に『夢飛行』でデビューした山口美央子は、80年代に3枚のアルバムを作り上げ、3rdアルバム『月姫』(1983年)をもってアーティスト活動を休止。以降、職業作曲家として活躍した。アイドルからロック、ポップスまで幅広いジャンルのシンガーに作品を提供し、順風満帆だったが、やがて主に海外を中心にアルバム『月姫』が高く再評価され始める。

 モダンでヨーロピアンな空気と和の世界を融合し、当時最新のエレクトロニックサウンドでまとめた『月姫』の再評価の高まりは同作の再発売を後押しするとともに、山口美央子に再びアーティスト活動を行う決意をさせることになる。

 2018年、『月姫』はシンセサイザープログラマー、サウンドデザイナーとして同作に深く関わっていた松武秀樹のレーベルから初のCD化。松武秀樹自身が原盤を持つ会社に直談判に赴き、再発、CD化を実現させたというものだった。

 そしてそれを機に、2019年、山口美央子は松武秀樹をプロデューサーとして36年ぶりのアーティストとしての復帰作『トキサカシマ』をリリース。以降、コンサート活動も含めコンスタントな活動を続けている。

 復帰以降はセルフカバーアルバム『FLOMA(フローマ)』(2019年)、『FLOMA mini(フローマ・ミニ)』(2020年)、そしてオリジナルアルバム『FAIRYTHM』をリリースするとともに、2023年には『月姫』の40周年記念エディションもリリースしている。

 今回リリースされた『LOVE & SALT』は、近作同様に松武秀樹をプロデューサーに迎えているが、リリースはソニーからとなった。いわば42年ぶりのメジャー復帰とも言える。

 それにふさわしく、本作は2019年の復活以降、もっともポップでバラエティに富んだアルバムになっている。

「もともと、1年半くらい前に、次のアルバムを私の作曲家時代のコンピレーションと一緒に出さないかというお話がありました。それを考えた時、前作の『FAIRYTHM』的なアルバムだとマニアックすぎてバランスが取れないかもと思いました。作曲家のときはポップスであることを第一に意識して曲を書いていたので」

 『トキサカシマ』『FAIRYTHM』などの近年の作品は、リスナーを精緻に作り込まれたファンタジーワールドに迎え入れるかのような密度の高い作品で、そこも高く評価されたポイントのひとつだった。

「2019年にアーティストとして復帰したときに、いまの自分にはなにができるか、なにをやりたいかを考えました。自分の過去作だったら『月姫』、あるいはケイト・ブッシュの『魔物語(Never for Ever)』のような架空の世界、物語性を持つ作品。自分の身の回りを歌ってもしようがないし、それよりは現実から逃避できるような世界を構築してそこから音を作っていくというもの」

 このような姿勢から生まれた作品は熱狂的なファンによって支持されることになった。

「今回はそういう私らしさと同時に、いまの私なりのポップスを作りたいと思ったんです。自分の好きな世界は詞のほうで表現して、曲に関しては作曲家時代の作品と遜色がないよう、かなりポップな方向に力を入れて書いています」

 また『FAIRYTHM』のようにアルバム1枚を通して世界を構築するのではなく、1曲1曲が独立して聴けるようにすることも意識したという。

「いまの時代、みなさんサブスクリプションサービスで楽曲を聴かれていることも多く、アルバム1枚を通して聴くというより各楽曲をそれぞれに聴いている。それなので今回はコンセプチャルなアルバムでなくてもいいのかなと」

 サウンド、音作りの面でもいまのポップにこだわった。

「いまのビルボードチャートの上位にいるサブリナ・カーペンターやビリー・アイリッシュがすごく好きで、今回、たとえば『DIAMOND-EYED』という曲をそういうサウンドの方向にしたいとプロデューサーの松武さんに相談したんです。松武さんはそれを受けてこういう音の魔法はエフェクトにあると突き止めて、いまの海外のポップスのような、サウンドに歌が張り付いているように聴かせるためには音数を減らしてエフェクトで空間を作るべきだと。いま私が欲しているサウンドはそれだなと思いました。今までの私の曲ではずっとピアノの音が鳴っていることが多かったんですが、コードとリズムと歌だけで成立させてもいいということがよくわかり、今回アレンジにおいてすごく勉強になりました」

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