『蓮ノ空』が提示した“伝統曲”という概念 スクールアイドルの存在を遺す『ラブライブ!』の新たな可能性
未来へと歌い継ぐ勇気、“みんなで叶える物語”が生み出す奇跡
そもそも、103期から104期にかけて歌われてきた伝統曲も、本来過去に生きていたスクールアイドルにしかない体験が生み出した楽曲だ。たとえば、スリーズブーケの「素顔のピクセル」は、103期にて初めて披露された曲だが、その原点は今から10数年前のスクールアイドルクラブに在籍したふたりの少女にある。学校を離れることになった作曲者へ、作詞者が送った手紙と写真がきっかけで生まれた本楽曲。文脈だけ見れば、当時のふたりだけの気持ちが込められた本楽曲を、他者が歌うことは想定されていなかっただろう。
ちなみに、『ラブライブ!蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ 102期活動記録 〜Shades of Stars〜』によると伝統曲にしたくない場合は、楽曲のリストから削除するという選択肢もあるようだ。そのため、伝統として受け継がれなかった、“その瞬間だけの曲”も間違いなく存在しているのだろう。105期から『蓮ノ空』には第4のユニットとしてEdel Noteが加わったが、現状「105期が1年生である期間だけ活動する」と明言されている。今後、Edel Noteがどんな結末を迎えるかはまだ知る由もない。ただ、『蓮ノ空』においても残すだけでなく、「自分たちの中だけで完結させる」という選択肢も存在していることは確かだ。
だが、事実として「素顔のピクセル」は現代まで受け継がれてきた。それは、楽曲を生み出した少女たちの想いを未来へと繋ぎたいという願いがあったからであり、後に続く少女たちの「この曲を歌いたい」という熱と勇気がリンクしたからではないだろうか。伝統曲とは、決してどちらか一方の物語だけでは成立しない。かつて“自分だけのものだった物語”が、他人をも巻き込み、積み重なって大きく咲き誇る――そんな“みんなで叶える物語”を繰り返し、伝統曲は生まれていくのだ。
仮に、誰ひとりとして歌い継ぐ者がいなければ、楽曲とともに込められた想いはいつか忘れられてしまうかもしれない。だが、逆に言えば楽曲に込められた想いは、曲が受け継がれ存在し続ける限り決して消えない。102期生はすでに卒業したが、彼女たちの想いと時間は、在校生の勇気と歌声によって今まさに伝統として受け継がれようとしている。そして、その楽曲が受け継がれる限り、彼女たち、そしてあなたたちが愛したスクールアイドルが確かに存在していたという証を主張し続けてくれるだろう。
※1:https://www.youtube.com/live/Ny9L5QFmLJo