BAND-MAIDが刻んだ“魂の演奏” 『ロックレディ』と共に挑んだ音楽×モーションキャプチャーの革新とリアル
「最初のドラムって何だと思う?」「それは心臓の鼓動」(Nasyr Abdul Al-Khabyyr)――ドラムを学ぶ子供向けにナシールが2008年から始めたワークショップ『ドラム・キャンプ』。生徒たちはカナダの湖畔での夏合宿を通じて、デニス・チェンバースやマイク・マンジーニなどの著名なドラマーから手ほどきを受ける。そのキャンプを追ったドキュメンタリー映画『A Drummer's Dream』(監督:ジョン・ウォーカー)の冒頭のシーンだ。ハートビートは生きとし生けるすべての者に刻まれる。それがたとえ原始の存在から程遠い上流階級の“お嬢様”であったとしても――。
2025年4月より放送中の『ロックは淑女の嗜みでして』(TBS系/以下、『ロックレディ』)は、福田宏のマンガ(白泉社)を原作としたアニメだ。庶民の家に生まれ、ロックミュージックで育った少女・りりさは、母親の再婚をきっかけに、不動産王である鈴ノ宮家に入る。上流階級に収まる母親の立場を守るため、りりさはそれまで好きだった庶民の文化をすべて捨て、“お嬢様”としての教養や作法を身につけることに専念をし、“淑女”のみが入学を許される桜心女学園高等部に転入。そこで彼女は学園の憧れの的である黒鉄音羽と出会い、ふとしたきっかけで旧校舎でロックドラムを叩く音羽を目撃する。その姿は日頃の“お嬢様”とは大きくかけ離れた力強く情熱的なプレイだった 。
“お嬢様”と“ロック”という対照的な2つのモチーフをかけ合わせ、そのギャップからくるコメディだけでなく演奏シーンのエネルギッシュな描写が魅力の本作。汗だくの演奏姿や互いのプレイに対する罵詈雑言、そして何より音楽の楽しさを心から伝える表情は“お嬢様”というよりもロックスター顔負けの存在だ。原作ではLITEの「Ghost Dance」や、mudy on the 昨晩の「YOUTH」など、実在のインストゥルメンタルバンドによる楽曲がチョイスされている。マンガにおいて、読者は絵の描写から音を想像するわけだが、アニメにおいては“音そのもの”が演出として出現する。アニメスタッフは、原曲のポストロックから原作の激しい演奏描写のイメージに合わせ、ヘヴィメタルにアレンジする判断をした。その演奏者として白羽の矢が立ったのが作中同様の高い演奏技術、そして“お嬢様”と“ロック”というキャラクター性を備えた5人組バンド・BAND-MAIDだった。
BAND-MAIDはまさに“ロックレディ”だ。秋葉原のメイド喫茶店員だった小鳩ミク(Gt/Vo)が、可愛いメイドとロックのギャップを活かした音楽を届けたいとメンバーに声をかけて2013年に結成された。結成直後は様々な音楽を模索する中、1stシングルのカップリング曲「Thrill」が海外のロックファンの耳に止まり、いち早く世界での人気を獲得。その後もソングライティングやテクニックの向上に研鑽を重ね、アルバム制作やライブも精力的に行なっている。2022年には全米ツアーを開催し、合計2万人を動員するバンドにまで成長した人気実力ともにワールドクラス。もちろん、メタル大国日本での人気も加速してきており、2023年に横浜アリーナでの公演を行うなど、いまや国内外での人気を獲得しているバンドだ。今回のオファーを受けたメンバーたちはモチベーションが高く、異口同音にキャラクターたちのことを「自分たちのよう」と話し、作品への全面的な関わりに同意した。彼女ら自身が外見と音楽性のギャップがあったがゆえに、世間からの正当な評価が追いつかなかった経験があり、『ロックレディ』を我がことのように捉えていることも窺える。
個々のパーソナリティの面でも類似点は多い。ギターのKANAMIは幼少期から約20年間もクラシックピアノを習っていたが、高校の軽音楽部で「私も女の子にカッコイイと思われたい」とギターを始めたエピソードを持つなど、順番は違えども、りりさの要素を併せ持っている。また、彼女はかねてより世界的ギターブランドであるポール・リード・スミス(PRS)のCustom 24を使用しており、2024年には日本人として初めてシグネチャーモデルをリリースしたが、作中でりりさが第1話から手にしているのもPRSのギターをモチーフにしているそうだ。
ドラムのAKANEは作中で偶然にも音羽に向けられた“ゴリラドラム”と呼ばれるパワフルなドラミングがトレードマーク。ベーシストのMISAは作中の白矢環と同様に、ギタリストからベーシストに転向したテクニシャンだ。今回は普段の5弦ピック弾きから4弦指弾きにチャレンジをした。ボーカルのSAIKIは今回、初心者キーボーディストの院瀬見ティナのアクターを担当しているが、SAIKI自身も数年前から偶然キーボードを始めており、“初心者”というキャラクター性がそのまま活きている。