ボカロP・きくおと考える、インターネット時代の著作権 音楽活動で大切にする“新しい表現への挑戦”

「常に未踏の地平を切り開いていきたい」 AIと創作に関する私見も

ーー著作権まわりのことで言うと「歌ってみた」などで、ご自身の音楽を使われる側となった今、どのようにお考えでしょうか?

きくお:僕自身は一個人のプレイヤーにすぎないということもあって、個人の味方というか基本的には大歓迎です。今は「歌ってみた」動画からもいろいろ収益が入る状況になりましたが、昔は全然そんなこともなかった。でも、そのときから個人的には大歓迎でした。歌い手の人が歌ってくれたことでみんながその曲を聴いてくれて、自分の曲の人気が高まるという流れがあります。極端な話、一度楽曲が認知されて人気にさえなってしまえば、どこかしらで回収はできるだろうと考えているので、今でも個人の方には全然どんな風に使ってもらっても構わないというのが、基本的なスタンスなんです。もちろん人それぞれ考え方は違いますが、少なくともこういう考え方ができる文化や環境は、同じインターネットカルチャーの中で見ても珍しいかもしれません。たとえばイラストの世界だと無断転載禁止という周知をよく見かけますよね。ですから僕への問い合わせを見ていても、無断での使用は悪であるという感覚がベースにある人が多い印象はありますね。

ーー最近では音楽生成AIに対して、著作権侵害だという主張がよく取り沙汰されますが、AIの学習データに既存の楽曲を使用されることについて、どのような問題があると思いますか?

きくお:やはりイラストの世界では「学習データとして使用しないでください」とか喧々諤々すごいことになっていますけど、音楽の世界、少なくとも僕の周りではあまり見たことがありません。AIの、音楽における無断学習の話題や炎上などは、イラストのそれに比べれば火の粉ひとつ上がっていないように思います。サンプリングやDJ、リミックスなど、電子音楽の制作や利用に関する文化から考えても、無断での使用全般に関して比較的寛容な文化ということもあるでしょう。また、AIがここまで話題になる何年も前から、制作の一部をAIに補助させるようなソフトウェアはたくさんありましたので、どう共生するかというフェーズに早い段階で移行していたこともあると思います。

ーーつまり自分の音楽をAIの学習データとして無断使用されたとしても、ある程度受け入れるスタンスということですか?

きくお:僕自身はそうです。というより避けようがないでしょうから、それなら喧嘩するより仲良くやりたいな、みたいな気持ちです。

ーーきくおさん自身も音楽制作でAIを搭載した作曲アシストツールを使っていますか?

きくお:iZotopeのマスタリングツールの「Ozone」を使っています。ボカロにもAIの技術が使われていますね。「Suno」のような曲を丸ごと生成する類のものに関しては、遊びで使っている程度です。実用できないかチャンスをうかがっていますが、それ自体でどうこうするのはまだ難しいですね。今、音楽制作をしている人はパソコンを使うのが当たり前です。だから、ちょっとでも技術革新が起こったらみんなすぐ試すので、新しいツールや技術自体のレアリティなど一瞬で薄れます。なのでそのまま使うのでは、芸がなく注目されないんです。

JASRAC:企業がAI開発する際に、いろいろな方の楽曲を学習ソースとして使うわけですよね。それで出来上がったシステムやサービスを有料で提供して、その企業さんだけが収益を得る一方で、学習に使われた楽曲の権利者の方に1円も入らないというのはどうなんだろう、とモヤモヤする音楽クリエイターの方がいるというのも事実なのかなと思っています。

きくお:まったく気にしません。音楽制作の場合、これ本当に著作権的に問題ないのか? と思うようなグレーなところから新しい技術やツール、表現が誕生し、それを利用してまた新しい曲を作るようなサイクルがずっと前からあるからです。そんな意識のゆるい自分のような人間ではなく、JASRACさんのような著作権管理団体が、収益について真剣に考えてくれているのがすごくいいバランスだと思っています。僕らもその恩恵を受けられるし、その方向で動いていただけるとすごく助かります。

ーーこれまでの活動において、トラブルに巻き込まれたことはありますか?

きくお:細かくはありますけど大規模なものはないですね。自分のストリーミングサービスのアーティストページにきくおの新曲として、別の人の曲が上がってるとか、あとは誰かの仕業で突然、自分の曲が全部消えてしまったとか、そういう細かいことはちょいちょいありました。

ーーそのときはどのように対処されたのですか?

きくお:契約している音楽出版社さんに連絡して、「こういう事象が今起こってるんですけどどういうことでしょう?」みたいな感じで相談したところ、うまく対処してくれました。そういったトラブルにも対応していただけるところも、音楽出版社さんに管理をお願いするメリットですね。特に法的な対処に関しては個人では難しいところがあるというか、そのためのリソースを割けないですし。

JASRAC:音楽出版社さんは、楽曲の管理とプロモーションを主な業務にされているので、そういう面では、抱えていらっしゃる曲で何かトラブルがあったときは、すごく心強いと思います。

ーー最後にきくおさんが考えるボーカロイド音楽の魅力と音楽活動において大切にしていることを教えてください。

きくお:まず、ボーカロイド音楽の魅力は、インターネットやインターネットミームとの親和性がものすごく高いというところに尽きます。こんなにもインターネットとの相性が良い音楽表現というのはなかなかないだろうと思っています。それと自分の音楽で大切にしていることで言うと、とにかく新しいものをやりたい。新しい技術が出てきたらそれを真っ先に自分で触れてみて、それを取り入れた作品を作りたいという思いがあります。そうした流れのなかで、常に未踏の地平を切り開いていきたいです。

■きくお プロフィール

2010年、ボーカロイド楽曲初投稿。
2016年、ニコニコ超パーティー2016 inさいたまスーパーアリーナ出演。
2017年、高等学校用教科書「高校生の音楽1」(教育芸術社)、きくお feat. 初音ミクとして楽譜と顔写真掲載。
2022年、楽曲「愛して愛して愛して」はSpotifyにおいて、VOCALOID楽曲として初の1億回再生と突破、ボカロ曲世界一を達成。
同年、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀 究極の歌姫 バーチャル・シンガー 初音ミク」長期密着取材を経て出演。
2023年3月、ワンマンライブ「kikuoland」at EX THEATER ROPPONGI 即完売。
同年3月、きくおの楽曲を基に彼が全面監修した小説「Kikuostories 愛して愛して愛して」(河出書房新社)が発売。
2024年1月、UKのアーティスト”bo en”と”gus bonito vs. kane west(from Kero Kero Bonito)”とのジョイントツアーでアメリカで12本のツアーを開催。
同年3月、自身初の海外ワンマンをメキシコシティ、テキサス・ダラス、ロサンゼルスで開催。
同年5月2日中国・北京『Strawberry Music Festival』、5月5日メキシコ・メキシコシティ『CCXP Mexico』に出演。
同年8月~ 日本を皮切りに中国・南米・北米・オーストラリア・ヨーロッパの全16か所39公演を巡る『Kikuoland Go-Round』がスタート。

きくお Web Site:https://kikuo.jp/
きくお YouTube:https://www.youtube.com/c/kikuo_sound
きくお X:https://twitter.com/kikuo_sound
きくお pixivFANBOX:https://kikuo.fanbox.cc/ 
きくおグッズ X : https://x.com/KikuoGoods

■一般社団法人 日本音楽著作権協会(JASRAC / Japanese Society for Rights of Authors, Composers and Publishers)

1939年、音楽クリエイターたちが集結し、JASRACを創設。
以降、JASRACは音楽クリエイターの権利を守り、その挑戦を支えてきました。
JASRACはこれからも音楽著作権の管理を通じて、
ゆたかな創造あふれる未来を音楽クリエイターとともにめざしていきます。

JASRACホームページ: https://www.jasrac.or.jp
YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/jasrac_official
公式X:https://twitter.com/JASRAC_1939

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