「Happy!」

　次にピックアップするのは、映画『老後の資金がありません！』（2021年）の主題歌「Happy!」。ラテンのフレーバーを取り入れた、ゴージャスなホーンアレンジが印象的な爽快でブライトなアップチューンだ。この曲で氷川は、平メロの母音で少しだけビブラートをかけるように声を揺らすアプローチを見せる。対照的に、サビはかなりストレートなアプローチで、高音を非常にクリアに響かせている。アドリブっぽい「イェーイ！」の掛け声ではソウルシンガーのようなノリも出しており、ジャンルを飛び越えたシームレスな歌い手であることがわかる。

「雷鳴」

　続いては、本人をモデルにしたオリジナルキャラクターの戦国武将が登場したことでも話題になった、歴史シミュレーションゲーム『信長の野望・新生』（2022年発売）のエンディングテーマ「雷鳴」を取り上げる。アレンジにエキゾチックかつ和のテイストの音色を取り入れた同曲は、ひとことで言うならば壮大なミディアムチューンだ。歌唱にもスケール感が求められただろう。氷川はそれに応え、フレーズごとに違う抑揚をつけた歌唱をしている。子音にインパクトをつけて発音している箇所も先述の紹介曲より多く見られることに加え、そのアプローチもこまめに変化させており、前半に登場する〈夜の終わりか 命の果てか それとも時の目覚めか〉の〈か〉の発音だけでも、驚くほどのバリエーションを見せている。特筆すべきは、フレーズごとの最後の母音のニュアンスがかなり多彩なこと。トーンで伸ばす、クレッシェンドをつける、伸ばさずに切り上げる……などはもちろん、一つの母音の中でさえも抑揚を出している。スケール感を上げながら進行していき、最後の最後で、最大の音量で喉を鳴らすように歌い上げ、倍音が出たような圧倒的なロングトーンを披露して終わる。

　このようにタイアップ曲ごとに新しい色合いを獲得し、シンガーとしての表現幅を拡大してきた氷川。デビュー25周年というアニバーサリーイヤーを飾るステージでも、様々な“氷川きよし”で我々を魅了させてくれるに違いない。