堀江由衣『文学少女の歌集Ⅲ』を紐解く1万字インタビュー 今自覚する“好きなもの”と“やりたいこと”

 堀江由衣が、7月3日にニューアルバム『文学少女の歌集Ⅲ-文学少女と夜明けのバス停-』をリリースした。『文学少女の歌集』シリーズの第3弾は、お馴染みともなりつつある清 竜人、堀江自身親交が深いというあさのますみをはじめ、ヨシダタクミ(saji)、澤田 空海理らが楽曲を提供。

堀江由衣『文学少女の歌集Ⅲ-文学少女と夜明けのバス停-』TV-SPOT

 今作を通じて、堀江があらためて見つめる“好きなもの”、“やりたいこと”とは一体なんだったのか。一つひとつ、じっくり語ってくれた1万字インタビューをここにお送りする。(編集部)

“夜から夜明け”の世界と“夏”の切り取り方

――今回のニューアルバム『文学少女の歌集III-文学少女と夜明けのバス停-』は、2019年から続く『文学少女の歌集』シリーズの第3弾になります。それまでの作品でシリーズ化というのはなかったことですし、堀江さんのなかで「文学少女」というモチーフがしっくりきているのでしょうか。

堀江由衣(以下、堀江):そうですね。これまでもいろんなタイトルのアルバムを制作してきて、その時々で表現の仕方は少しずつ違っていたのですが、根底にある“好きなもの”、“やりたいこと”は近しいものだなと思っていて。毎回、「こういう女の子が、こういう家に住んでいて……」というようなことを手を変え品を変え、表現してきた感じなんです。

――それは1stアルバムの『水たまりに映るセカイ』の頃からですか?

堀江:自分の意見が色濃く反映されるようになった作品、3枚目のアルバム『sky』の頃から共通していることだと思います。『楽園』(4thアルバム)は当時“ブライス”というお人形さんにハマっていた影響が強い作品なのですが、それ以降はあまり変わっていなくて。『嘘つきアリスとくじら号をめぐる冒険』(5thアルバム)の時も「どこかの街に住んでいる女の子をのぞき見している感じ」と言っていましたし、『Darling』(6thアルバム)の海外のポップなイメージも“海外の街に住んでいる女の子”というイメージで制作したり。『秘密』(8thアルバム)は“どこかの街に住んでいそうな女の子”感が特に出ていた作品だと思います。

――以前、堀江さんに取材させていただいた時にも、「『この世界の中にいる人になりたい』ということを考えるのが好き」というお話をされていました(※1)。

堀江:別の次元の自分というわけではないですけど、「自分が今住んでいるところとは違う街に住んでいる女の子の生活ってどんなものなんだろう?」ということを考えるのが好きなんです。景色のきれいな街並みにいる女の子のエモさのようなものが昔から好きでこだわっていて。そのイメージがより定まったのが『文学少女の歌集』シリーズ。1作目(2019年/10thアルバム『文学少女の歌集』)を作った時に「この感じが好き!」「これをやりたい!」と思ったんですよね。

――それが2022年リリースの11thアルバム『文学少女の歌集II -月とカエルと文学少女-』に繋がっていったと。

堀江:次のアルバムを作るとなった時に、私の中でやりたいことが変わっていなかったんです。でも、まったく同じテーマではなく、1作目の季節感は“夏”だったのに対して、2作目は“秋・冬”をイメージした作品にしました。今回も表現したいことが変わっていなかったので、季節感はリリース時期に合わせて1作目と同じ“夏”にして、でも今度は時間帯を変えて“夜から夜明け”をイメージしました。写真も夏の景色を切り取ったら素敵になるだろうと思いましたし、1作目よりも少し落ち着いた夏、お盆や和の情緒を感じさせるような切なエモい夏の景色を表現したくて。

――そもそも「文学少女」というモチーフ自体に、その言葉から単純に連想される“本ばかり読んでいるもの静かな女の子”というイメージとは異なる意味合いがあるそうですね。

堀江:説明するとなると難しくって……(『文学少女の歌集』シリーズ3作品で)作詞してくれているあさのますみ(浅野真澄)ちゃんに「『文学少女』ということは本が好きな女の子でいいのかな?」と聞かれた時も「そういうことでもない」とお返事したら困惑されました(笑)。自分のなかでは“心の中にずっともやもやを抱えていてモノローグを語っている女の子”というイメージで、そのモノローグが歌詞になって、そして歌になるイメージです。楽曲的にはいろんなバリエーションがあればいいなと思うので、そこまで文学少女だけにこだわって作っているわけではないのですが、写真やビジュアルのイメージはずっとそういうものが好きですね。

――1作目の『文学少女の歌集』では広島の尾道で撮影されていましたが、今作の写真は長崎の島原で撮影されたそうですね。

堀江:自分のイメージに合いそうな撮影候補の場所を何カ所かピックアップして、どの場所もいいなと思ったのですが、できるだけ天候に左右されず陸路で行ける場所にしたかったのと、島原は観光の取り組みで撮影にもとてもご協力いただける街ということで、決まりました。アルバムのジャケット写真になっている駅から海が見える景色の場所がすごく素敵で、「ここに行ってみたい!」と思ったのも大きくて。私以外のみんなは飛行機だったのですが、私は飛行機が苦手で、新幹線と車で8時間以上かけて行ったので大変でした(笑)。撮影日は天気があまりよくなくてずっと曇っていたのですが、でもそのおかげでジャケットの写真も時間帯がよくわからない、ちょっと不思議で雰囲気のある写真になりました。

――『文学少女の歌集』シリーズは、日本の郊外の景色というイメージがセットになっている印象ですが、堀江さんはそういう景色や世界観に惹かれるものがあるのですか?

堀江:たしかに、のどかな街が多いですね。それは自分が東京で生まれ育ったからこその憧れというか……でも、私、小中学生の頃は、毎年夏休みのうちの1カ月くらいは青森の祖母の家で過ごしていたんですよ。だから自分のなかで、夏=青森のおばあちゃんの家の景色がすごく結びついていて。なので夏の場面を切り取るとなった時に、こういう場所が思い浮かぶのかもしれないです。きっと皆さんにとっても、“心のなかの実家感”があるんじゃないかと思うんですよ。心象風景といいますか、“あの頃の自分がいた場所”みたいなエモさを表すことができるのかなと思っていて。

――アルバムに収録されている楽曲も、かつての青春の景色が思い浮かぶようなものが多いですよね。

堀江:そういうのがもともと好きなんですよね。楽曲を作る時も、『文学少女の歌集』の3作目であることを作家の皆さんにお伝えして、この作品で表現したい世界観の資料をサンプルの写真も含めてお渡ししました。そこから私が楽曲を選んでいった結果、全体的にそういうエモい雰囲気の楽曲が多くなったんだと思います。

――アルバム制作を進めるなかでキーになった楽曲はありますか?

堀江:毎回お願いしている清(竜人)さんは、どんなイメージの曲になるかお任せしているので、清さんがどんな楽曲を書いてくださるかによって、他の楽曲をどのように選ぶのかが変わってくるので。で、今回はラブリーめのかわいらしい楽曲(「名前を呼んでくれたなら...♡」)だったので、そこから他の収録曲を選んでいきました。3曲目の「水色と8月」と10曲目の「夜明けのバス停」は、今回のアルバムで思い描いていた世界観に近い楽曲です。1曲目の「夏は短し、恋せよ乙女」と4曲目の「まじめにムリ、すきっ」は、今までとは雰囲気の違うおもしろい曲になったと思います。

――「水色と8月」は清涼感と切なさのあるミディアムナンバーですが、どんなところが思い描いていた世界観と合致したのでしょうか。

堀江:今回のアルバムは、浮かれた感じの夏ではなくて、素朴なんだけどちょっと切なさのある夏――色に喩えると白や紺、少しくすんだ水色のイメージにしたくて。「水色と8月」は、ピアノのメロディで素朴に始まるのですが、サビでは切なくて壮大になって、でも夏の雰囲気がある。その感じがすごく合っているなと思って選ばせていただきました。

――歌詞には昔を振り返るような雰囲気を感じました。

堀江:あの頃の学校を思い出すような感じがありますよね。私は学生感のある世界観が好きで。思い出のなかでもいいですし、現在進行形でもいいのですが、少しそういう空気があればいいなという気持ちがありました。

――そういう学生感も相まってか、歌声も学校の音楽室で歌っているような雰囲気を少し感じました。背筋がピンとなるような歌い方と言いますか。

堀江:この曲はオクターブ下とボーカルラインも多いので、合唱感があるんですよね。歌い方は、今回のアルバムでは全体を通して素朴といいますか、何者でもなく歌えたらいいなというのがありました。キャラクターっぽく色をつけて歌うこともできるのですが、できるだけ素に近いというか、アルバムの写真の女の子が歌っているような、誰でもない感じにしたくて……写っているのは私なんですけどね(笑)。楽曲によっては少し色をつけて歌っているものもありますが、全体を通して感情も作り込まずに歌って、それが自分のなかでやりたい事で。歌に感情を求めている方からすると、もしかしたら起承転結がなくてつまらないものになっているかもしれないですが、自分としてはそうしたい気持ちがすごくあったんです。

――それが逆に、回想の中の女の子といいますか、実際に今は目の前にはいない女の子のような距離感が出ていて、すごくいいと思います。

堀江:そうなればいいなと思っていました。楽曲によっては少し幼かったり、もっさり聴こえるものもあるかなと思ったのですが、今回はできるだけサラッと歌いたかったんですよね。その感じは『文学少女の歌集』シリーズを始めた頃から意識していたんですけど、今回は特にそういうモードが強まった印象です。

――10曲目の「夜明けのバス停」はアルバムのリード曲で、サブタイトルにも引用されているので、今作を象徴するような楽曲でもあるのかなと。

堀江:この楽曲はデモの段階から好きだったのですが、当初はもっと壮大で“森の中の妖精さん”のような雰囲気の曲だったので、今回のアルバムの世界観に合わせて、アレンジやコーラスの入り方などを調整していただいて、歌詞の内容も現代的な内容にしていただきました。文化祭でもキャンプでもなんでも、学生時代の催し物で頑張った結果として掴み取った朝、というイメージにしたかったんです。ざっくりと言うと、“明けない夜はない”というイメージの歌詞になっています。

――歌のアプローチは先ほどとはまた違って、特にサビではエモーショナルな高まりを感じました。

堀江:歌はサラッとしたいところだったのですが、楽曲の感じも相まって自然とエモーショナルさが引き出されて、壮大な雰囲気になったんですよ。コーラスを少し減らしていただいてバランスも取ったのですが、でもそのように聴こえるのは、それはそれでいいことだと思って。自分で感情を作っていくというよりも、楽曲のイメージでサラッと歌った結果、そうやって壮大に聴こえるのであれば、それがその楽曲ですから。

――歌声にリバーブが強めにかかっているのも、この曲のスケール感の大きさに繋がっているように思います。

堀江:もともとはもっとリバーブがかかっていて、本当にものすごく壮大な楽曲だったんですよ。でも、少しかかっているくらいのほうが夜明けの感じが出るかなと思って。このリバーブがあることで、広い海が目の前にあって、フワッとした風が吹いている感覚を与えられるかなって。ジャケットを撮影した場所が少し不思議な景色だったので、この曲はそういう雰囲気が出ればいいなと思いました。

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