AA= 上田剛士×碇谷敦、再タッグの『餓狼伝』で与え合った刺激 格闘の“内面”を描く表現への挑戦

AA= 上田剛士×碇谷敦『餓狼伝』対談

 5月23日よりNetflixで全世界独占配信がスタートした『餓狼伝: The Way of the Lone Wolf』が話題を集めている。夢枕獏による小説『餓狼伝』を原作とするこのアニメ作品自体が強烈極まりないのだが、そのオープニング/エンディングに用いられているのがAA=の真新しい楽曲で、劇中の音楽全てを上田剛士が手掛けているというのだから、音楽ファンも注目しないわけにはいかない。今回はその上田と、このアニメを手掛けた碇谷敦監督の対談をお届けする。ふたりが顔を合わせたのは5月半ばのある日、都内某所でのこと。ただ、両者は以前にもアニメ『錆喰いビスコ』でタッグを組んでいるだけに気心も知れているはずだが、どちらからともなく「初めまして」「ようやくお会いできましたね」といった言葉が聞こえてきた。そうした挨拶を経ながら、そのまま会話がスタートした。(増田勇一)

『餓狼伝: The Way of the Lone Wolf』予告編 - Netflix

『錆喰いビスコ』での出会いを経て『餓狼伝』で再会

――もしかして、おふたりは今日が初対面なんですか?

碇谷敦(以下、碇谷):そうなんですよ。これまではいつもリモートでお話ししていたので。

上田剛士(以下、上田):以前、『錆喰いビスコ』の時にもこうしたインタビューの機会はあったんですけど、まだコロナ禍が続いてた時期だったので、画面の中でしか話せていなくて。

碇谷:そんなわけで、なんだか今日は少々緊張してます(笑)。今回の件は、その『錆喰いビスコ』の音楽を上田さんにやっていただいた流れからでもあって。この『餓狼伝: The Way of the Lone Wolf』というのは格闘技をテーマとする作品で、そこで(総合格闘家の)五味(隆典)選手の入場曲(THE MAD CAPSULE MARKETS「SCARY」)のカッコよさを思い出して、「あんな感じでできたらいいな」と思い、上田さんにお願いしたいなと考えたんです(上田と五味には古くから親交がある。今回のシングルのジャケット写真には五味選手の写真が用いられており、「FIGHT & PRIDE」のMVにも出演している)。

――そもそも前回、『錆喰いビスコ』の際に上田さんに音楽を依頼されたのは、どういった経緯からだったんでしょうか?

碇谷:まず、製作委員会の中で話をしている中で「この作品に合うアーティストは誰か?」という話になった時に、上田さんの名前が挙がって。僕自身、ちょうど20歳の頃、専門学校で絵を描いていた頃に友達とみんなでTHE MAD CAPSULE MARKETSを聴いていたこともありましたし、バイオレンスな描写の多い『錆喰いビスコ』には上田さんの音楽が合うんじゃないか、と考えたわけなんです。

上田:僕がこういった依頼を受けるのはそんな理由からであることが多いですね、昔から(笑)。もちろん今回も、ふたつ返事でお引き受けしました。そもそも『錆喰いビスコ』の時と同様に、今回もまず劇伴音楽のオファーをいただいて、そこから派生する形で主題歌とエンディングテーマも作ることになったんです。こちらとしては、断る理由が何一つありませんでした。主題歌だけではなく、一つのアニメの始めから終わりまで、全部の音楽をやれる機会ってなかなかないものですし。

AA= 上田剛士、碇谷敦

――ただ、実際に引き受けるか否かはアニメの作品像次第でもあったはずですよね?

上田:もちろんです。今回もまずこの作品の概要をいただいて内容は把握できていましたし、『錆喰いビスコ』の時の感触もあるので、当時より監督の求めるものについても理解できてるんじゃないかという自負もありましたし。だからこそ自分としても「やれるんじゃないかな?」という思いがあり、自分の作ったものが気に入ってもらえるだろうという確信に近いものもありました。あと、バイオレンス云々というよりは“熱さ”みたいなものが求められている気がしたんです。体温、熱量の高さというか。

碇谷:僕としては、正直な話、上田さんっぽい感じにしてもらえればそれで御の字というか、めっちゃ嬉しいな、という感じでした(笑)。実際、プロデューサー共々、曲が上がってくるのを毎回楽しみにしてたんですけど、届くたびに「わっ、めっちゃカッコいい!」って素直に興奮してました。ずっとそんな感じでしたね。

――監督自身の頭の中であらかじめ鳴っていた音楽が、上田さんから届いた。そんな感じでもあったんでしょうか?

碇谷:ええ、まさにそういう音楽をいただけていたので、こちらとしてはもう嬉しいばかりで。届いた曲を聴きながら絵コンテを描くようなこともありましたし。だから最終的なアニメの仕上がりに音楽が影響した部分もあると思います。

上田:光栄です、そこまで言っていただけると(笑)。

碇谷:『錆喰いビスコ』の時、元々のエンディング曲が結構しっとりした感じのものだったんですけど、最後は前向きな感じで終わりたかったので、上田さんの劇伴の中にあったすごくカッコいい曲を最終話限定のエンディングにしてるんですね。今回もそれと同じようなところがありました。

「原作の時代背景を活かしながら、現代の格闘技を見せる」(碇谷)

――この作品の原作は夢枕獏さんの80年代の小説で、これまでにも漫画化、実写映画化を経てきています。ここで改めてアニメ化するにあたって最も意識したのはどういった部分でしたか?

碇谷:まず考えなければならなかったのは、最初にこの小説が雑誌に連載されていた時代と現代との、格闘技の性質というか、理解度の差異なんです。今とは全然違うじゃないですか。それこそプロレスしかなかったところに総合格闘技が進出してきて。僕自身も元々、小学生の頃からプロレスが好きで、その後だんだん『PRIDE』とかを観るようになっていったんです。そこで、原作の時代背景を活かしながらも現代の格闘技をちゃんと見せることを意識しました。

碇谷敦
碇谷敦

――原作に忠実であり過ぎると、いわば昭和のプロレスのような懐かしさが伴ってしまうわけですよね?

碇谷:そうなんですよ。ジャンピングエルボーで相手を倒すとか、そういったことになり兼ねない(笑)。さすがに今の時代、それはちょっと説得力に欠けますし。

上田:僕自身はそんなに詳しいわけじゃないですけど、幼い頃にはプロレスを観てきた世代だし、やっぱり観ていて熱くなるものがありますよね。それこそテリー・ファンクとか、そういう時代のプロレスってことになりますけど。

――プロレスと総合格闘技の関係には、いわゆるクラシックロックとミクスチャー的なものにも重なる部分があるようにも思えます。

上田:確かに。格闘技の世界が多様化していくのと同じように、音楽もクロスオーバーを重ねてきた時代でしたからね。

――上田さんの音楽がこのアニメ作品に見事に合致していることは、予告編の映像を観ただけでもわかりますが、碇谷監督としては、音楽面にはどのようなことを求めていたんでしょうか?

碇谷:何よりも、上田さんにお任せすれば、それこそNine Inch Nailsのトレント・レズナーのように全部をプロデュースしていただけるんじゃないかなという期待感がありました。今回、エンディング曲については、この物語の主人公にあたる藤巻十三という人物のキャラクターというか、その内面の部分を表現してほしいとお願いしたんです。そして実際、「CRY BOY」というヤバい曲が上がってきて。あの曲が届いた時には完全にこちらの想像を超えたもので、それを聴いたスタッフの1人が泣いてしまったくらいでした。

上田:ああ、よかった(笑)。

碇谷:本当に素晴らしかったですね。オープニング曲もめっちゃカッコいいし。

上田:オープニングの「FIGHT & PRIDE」に関しては、劇伴を作っている段階であったフレーズの1つをとても気に入っていたので、それを推したいなと思いつつ1曲に膨らませていったもので。いくつか場面に応じて作っていた中で「これをオープニングに持ってきたら“来る”な」と思ったわけです。そしてエンディングについては、今も監督がおっしゃったように「主人公の内面を描く」というリクエストがあったので、それを自分なりにどうできるかなと考えながら形にしていったんです。

AA= 上田剛士
AA= 上田剛士

「『CRY BOY』と『FIGHT & PRIDE』は表裏一体の関係」(上田)

――この藤巻という主人公は、だいぶ複雑な背景を抱えていますよね?

碇谷:ええ。実はこの物語自体は、かなり悲しい話なんです。主人公は好きな女性を奪われて、戦いに負けて、しかも警察に追われている立場にあって。最終回にはライバルの姫川勉と闘うシーンがあって、そこでこの曲が流れるんですけど、なんだか本当に泣けてくるんですよ。コンテを描いている段階では、いわゆる泣ける場面になるとは思ってもみなかったんですけど、完成した映像を観てみると、自分でも思いがけないほど感動的というか。絵自体はバッキバキに殴り合ってる図なんですけど、なぜか泣けるんです(笑)。これこそ音楽の力のなせる業だなと感じさせられました。

上田:自分でもその場面を観るのが楽しみです。「CRY BOY」を作るにあたっては、主人公自身の葛藤というのが大きなテーマとしてありましたね。ただ、そこについては自分の中では「FIGHT & PRIDE」も同じで、2曲が表裏一体の関係にあるというか、同じテーマでありながら真逆というか。かなり重いテーマでもあるんです。「闘いたくて闘っているわけではない」ところがすごく重要だったりもするし。だけどそこに、闘わなくてはならない理由があったりするわけです。そういう複雑さ、裏腹さがあるから、音楽もアッパーなだけでは充分とは言えない。格闘モノだとわりとアッパーでイケイケな設定になりがちな傾向があると思うんですけど、この主人公の場合は「めちゃくちゃ強いし闘えるんだけど、むしろ闘いたくない」という心境にある。もちろんそういった心情に至るまでには理由や経緯もあるんですけど、そういったものを踏まえながら音楽を作るという意味でも、作り手としてすごく学ぶ部分がありましたね。

AA= - FIGHT & PRIDE(Official Music Video)

――そのシーンに似合っていればそれでいい、というわけではないからこそ。

上田:そうなんです。その意味では「FIGHT & PRIDE」についても同じことが言える。しかもこの物語においての藤巻に限らず、生きていてそういう場面が巡ってくることも現実にあるわけです。たとえば今の世界情勢、ウクライナで起きていることとかもそうだし、闘いたくもないのに闘わざるを得ない人たちの苦悩や葛藤が実際にある。そういったものも含めて、テーマとして意識しましたね。あくまで藤巻という男の物語ではありますけど、いろんな人たちの物語というか人生にも通じる部分があるはずだと思います。いわゆる格闘ではなくても、自分自身との闘いというのもあるわけだし。

――ええ。その物語自体についてですが、これは原作では登場人物の1人にすぎなかった藤巻を主人公とする、いわゆるスピンオフ的な作品でもあるわけですよね? 彼を中心に据えるというのは、どういった発想からだったんでしょうか?

碇谷:まず僕自身、この藤巻というキャラクターがすごく好きだったというのがあります。ただ、その藤巻が人を殺してしまって、逃亡生活をしている過程が原作の中では一切描写されていなかったので、それを描いたら面白いんじゃないかと考えたんです。だからある意味、原作では描かれていなかったものを補完するものでもあるんです。しかも今の時代にオリジナルで作るとなれば、いろいろな格闘技の要素も反映させていけるんじゃないか、と。それこそ原作の小説は、プロレス道場に空手家が殴り込みに行く、みたいな話から始まるわけなんです。それは今の時代にはちょっと合わないんじゃないかと思う部分もありました。ただ、リアルに今の格闘技に忠実に描こうとすると、物語としてはつまらないものになってしまう。最初はそういう描き方をするつもりでいたんですけど、なにしろいいパンチが一発当たればそこで終わっちゃう世界じゃないですか。

――確かに秒殺の世界ですからね。闘いの物語がすぐに終わってしまう。

碇谷:ええ。だからそのあたりの塩梅にはなかなか難しいものがありました。一撃でノックアウトということになると、話が続かないし(笑)。

上田:そのシーンに伴う音楽も、一音で終わってしまう(笑)。

――そういう意味では、この作品での格闘の描写は非現実的なのかもしれませんが、格闘シーンのリアルさにはだいぶこだわった作り方をされていますよね? さまざまな分野の格闘家の実写動画から画を起こすプロセスもあったそうですが。

碇谷:当初はプロの方に実際に動きを見せてもらって、それを参考にして描こうと思ってたんです。ただ、最近では僕らの作業環境も変わってきて、結構みんなデジタルで描くようになっていて。たとえば参考のために撮った映像をそのまま下に敷いて描く、というのも可能なんです。それを下敷きにしながらキャラクターを乗せていく手法を取ることができたので、すごくリアルなものになりましたね。その作業も、仕事とはいえすごく楽しかったです(笑)。

――格闘技の種類によって、スピード感とか“間”みたいなものも全然違いますからね。

碇谷:そう、やっぱり全然違うんですよね。レスリングの方、柔術の方なりの間の取り方があるし、みんなそれぞれに動き方とかが全然違っていて、興味深いものがありました。

上田:面白い話ですね。技術の進歩によってテクニックの使い方が変わることは、当然音楽の世界にもありますし。こうしてお話を聞いていて、ようやく「ああ、そうやって作ってるんだ」というのが見えてきました(笑)。

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