家主 田中ヤコブ×くるり 岸田繁、音楽に投影する“社会と自分” The Beatlesを継承する意義も語り合う

「時間を操ることでThe Beatlesはこんなに美味しくなるねんなって感じた」(岸田)

――The Beatles由来のメロディやコーラス、メタル由来の歪みやギターソロは家主のアイデンティティになっていますが、そこをどう活かすかは常に考えられているのでしょうか?

田中:正直あまり意識はしていなくて。ギターもコーラスもいっぱい入ってるのが好きなんですけど、あくまで自分の快楽に従って、作った曲に一番最適な服を着させてあげたいみたいな感覚ですね。でも、アレンジ的にはリスナーを意識しているところも少しありまして。1stアルバム(『生活の礎』)を出した頃に「ネバヤン(never young beach)が好きなら家主もオススメ」みたいな(笑)、はっぴいえんどからの影響が濃い方々と関連づけられることが増えたなという気がしていて。確かにネバヤンでサポートをしてたこともあるんですけど、先ほど岸田さんが言ってくださった「近づく」であんなに歪んだギターを入れたのは、「そういったバンドとは狙いが違うんだってことを提示しておかないと」っていう、ちょっと説教くさい意図はあったかもしれないです。

家主"NFP"(Official Music Video)

岸田:それは私には成功してますね(笑)。ネバヤンと違うとは思っていましたけど、前作(『DOOM』)がなかったら、今作ももしかしたら違う捉え方をしていたかもしれない。でも、お話を聞いていてほんまに思ったんですけど、大したアイデアじゃなくても、それが閃いたときにちゃんと真空パックしてバンドで瞬間的に共有するか、あるいは人の見ていないところでどれだけ練習するか、そこにどれだけ時間とカロリーをかけるかとか……しなきゃいけない普通の努力って結局大事じゃないですか。インタビューを読んでる人からしたら一番面白くない話かもしれないけど(笑)、それがないものが跳ねちゃったりすることもある。でも、粘り強くずっと罠を張って獲物を待っているような積み重ねがあると、絶対に音楽がそれだけの強さを持つようになると思うんです。今回の家主のアルバムを“聴かれるべき音楽”とまで言うと圧が強すぎるかもしれないですけど、作った分だけ人が聴いてくれるものにちゃんとなっているというか。そういう“価値”みたいなものがあるよねって思います。

田中:ありがたいです。私はぶっちゃけ言うと、自分の音楽がそこまで広がってほしくないという気持ちもありまして。というのも、私はあがり症で、人前に出るのが本来は苦手というか。いろいろ人間関係が増えてきちゃうことに怖さを感じるタイプなんです。だから自然に広がるのはありがたいんですけど、自分から「聴いてください!」みたいに言う営業活動はできないなと思っていて。むしろ、自分が刺さってほしいと思う人に刺さることに価値があると思っていますし、究極は「これが自分の力でできたんだ」みたいな納得感が嬉しいんです。人の手伝いは前提にせず、宿題みたいに追われてやるタスクでもなく、能動的に追求して作っているものだという自覚があるので。もしそれでバズってくれるならバズってもいいけど、「怖いな」ぐらいの距離感かもしれないですね。リスナーの要望などにいちいち応えることも不可能ですし。今の社会はバズ至上主義みたいに見えることもありますが、自分はそことは本当に合わない、全然興味がない感じです。

家主"ひとりとひとり"(Official Music Video)

――ややひねくれたことを聞いちゃいますけど、例えば「耐えることに慣れ過ぎている!」とか、『石のような自由』っていうタイトルとか、アルバム全体に通底しているヤコブさんのストレートな言葉の表現は、社会で生きづらさを感じている人に深く刺さると思いますし、途端にもっと広がっていく可能性を秘めていると思うんです。そこに関してはどう捉えているんですか?

田中:これは自分の性格ゆえなんですけど、ストレートを投げたら、人からは変化球に見られるっていうことが結構あって。

――ヤコブさんが投げるとストレートが別の球種になる……?

田中:いや、完全にストレートではあるんですけど、あくまで他人から見たときに、チェンジアップ的な緩急を勝手に感じてくれてるというか(笑)。だからこそ、結構ストレートな表現をしているのかもしれないですね。傷つく人がいないようにとかの配慮はありますけど、「自分が思ったことを本気で“そのまま”言うとどうなるんだろう」ってことをなるべく考えながら、歌詞や曲名を決めている気はします。

岸田:なるほど。音楽って時間芸術なので、繰り返しがあったり、テンポの揺れがあったり、ヴァースとコーラスがあったり、Bメロがあったりして、時間単位で変わっていくじゃないですか。例えば、歌詞だけを見ると142kmで投げられたストレートみたいに真っ直ぐだけど、曲全体で聴いてみると、「このタイミングで打者に対して142kmの上ずったストレートを投げると、急にすごくホップしている球に見えてくる」みたいなことが起こったりするわけです。そういうことをおっしゃっているわけですよね?

田中:そうです、そうです!

岸田:「きかいにおまかせ」はすごくThe Beatlesっぽい和声進行、ハーモニーやリフになっていて、メロディの組み立て方もポール・マッカートニーっぽい構築ですよね。でも、いきなり機械が壊れたみたいなギターソロが入ってくるでしょ。そうやってネジが取れて暴走したりとか、恐怖を感じるような事故的な感覚、スリルがあの曲にはあるなと思ったんです。テンポはこれぐらいで、このタイミングでこのハーモニーを入れてうっとりしよう……みたいな思い込みが作家だったらあると思うんですけど、「時間を操ることでThe Beatlesはこんなに美味しくなるねんな」ってことを「きかいにおまかせ」からはすごく感じました。バンドでジャムっていてそうなったのか、ヤコブさんの頭のなかを再現したのか、私にはわかりかねるんだけど、中身以上の結果が出ている曲なのではないかなと思います。

田中:嬉しいです。予定調和がすごく苦手で。サラリーマンをやっていた頃、お偉いさんが来る会合とかで事務をやっていたんですけど、式の段取りがきっちり決まっていて、それが粛々と行われていくことに違和感を覚えていて。お堅い会議に、急にプロレスラーが入ってきてぶち壊してくれないかなみたいなことをよく考えていましたし、楽曲に対しても同じ気持ちが結構ありますね。「きかいにおまかせ」は定石だとギターソロでは逆再生みたいなフレーズが入ってきたらそれっぽいなと思っていたので、あえて逆にしっかりフレーズを弾きました。教科書的すぎるなっていうところに、自分なりの別のアプローチがないかっていうのはよく考えていることだと思います。レコーディングのとき、手塚(治虫)先生の『火の鳥』を読んでいて、機械のロビタが集団自殺する話があったんですけど、そういう音楽とは別の発想にも影響されているかもしれないですね。

「孤立を感じていた高校生の頃、『図鑑』を聴いて救われた」(田中)

――唐突かもしれないですけど、自分は今回の家主『石のような自由』に、くるり『図鑑』(2000年)っぽさを感じていて。というのも、もちろん時代も音楽性も描き方も異なってはいるんですけど、どちらも社会における自分の在り方を捉えた上で、他者への拒絶とか1人でいることとか、そういうところへ向かっているアルバムな気がしていて。そう言われてみると、いかがでしょうか。

岸田:今おっしゃられたこともあるのかもしれないし、もしかしたら今の時代的にそう聴こえる部分があるのかもしれないですよね。一つ思うのは、今の日本のポップスにおいては“社会と音楽”の関係性が捻じ曲げられて伝えられることが多い気がしていて。SNSでいろんな人がいろんなことを言う世の中ですし、一方でコンプライアンスとかネットリテラシーみたいなものも広がっているから、みんな言いたいことを言えてないし、“言ってしまう人”だけが言っているみたいな感じがするんです。それってあまり健全な世の中ではないなと。だから、InstagramとかTikTokみたいな、もう少しさらっとできるものに主流が移っていくのもよくわかるんですよ。でも、こと音楽に関して言うと、音を聴くのが一番早いわけですけど、TikTokで何秒か聴いただけは、本当は音楽の本質を理解できるはずなんてないわけで。その人特有の音楽を聴くに至った状況や環境があって、そのなかで音楽を沁み入るように聴いて、やっと受け入れられるっていうのが、音楽を聴く理由の結構な割合だと僕は思っているんです。だから、きっと人はコンサートに行って感動するんだと思うんですよね。

 で、社会と自分自身の関係性っていうのもバグらされているのが今の世の中だと思っていて。例えば「だから選挙に行きましょう」とか「だからこういう物言いをしないでおきましょう」とか、そういうこと全てに対して遮断したい気持ちってあると思うんですよ。そのせいで「本当にこれが好き」と思ったものが伝わらないようになったら一番よくないと思うので。今回の家主のアルバムって、特に「SHOZEN」「きかいにおまかせ」「歩き方から」「free as a stone」あたりは、「社会がしんどいから俺がこうなっている」といういつの時代もあるブルージーの縮図であり、そのかなり真っ当で新しい、一番フレッシュなフォーミュラだと思うんですよ。それはさっきも言ったように、歌詞だけじゃなくて、時間芸術としての音の使い方と、ヤコブさん自身の「自分はこう思われているから、こういう音を出そう」といった考えがすごく上手な関係を作れているからで。ヤコブさんが本来持っているキャッチーなリファレンスがいい形で出ているアルバムだと思うんです。

 『図鑑』は、音楽も言っていることも家主とは違うと思うんだけど、そういう部分だけが上手くいった作品だったのかなと。それ以外は、自己評価としては何も上手くいってない作品でしたので。バンドの仲が悪くなったりとか、いろんなことがごちゃごちゃしていた時期だったので、なんとなく黒歴史感があるんです(笑)。あとは『図鑑』よりも、家主のアルバムの方が健康的な音がしているなと思います。The Velvet Undergroundとか聴いてたら、あかん気分になるじゃないですか。『図鑑』はそれに近い魅力があるのかなとは思うんですけど。

くるり - 青い空

田中:それはすごくわかります。私は生まれ育ちが少し複雑だったこともあって、高校生くらいの頃に『図鑑』を聴いてものすごく救われました。社会や同世代に対して孤立を感じていたんですけど、乾いた雑巾に水がじゅわっと染み込むような感じで、くるりの不健康さがめちゃくちゃ染み込んできましたね。アティテュードとして通ずるものがあるって言うとおこがましいですけど、そう感じるところはあります。

岸田:みんないろいろあると思うんですよ。家庭環境とか、心の問題とか、経済的な事情とか。それをあぶり出す装置として今の社会があるから、やっぱり生きにくいですよ。こんなにいろんなことが可視化されているのに、人に相談できない社会にもなっているし。でも、いちリスナーとして勇気づけられたのは、「SHOZEN」の非常にシンプルで客観的なリリックがあの曲と一緒に聴こえてきたとき、温度のある実感として、手が差し伸べられているような感じがして。たまにこういう例えをするんですけど、砂場でトンネルを作って、手で掘っていったら、向こう側から同じように掘ってきた友達の手とトンネルのなかで当たって、じわじわとなる感覚があるでしょ? あの感じ。だから、本当に心のなかで守っている温かさって、こんなにシンプルに言っても励ますことができるのかもしれないなと、そういうことを思いました。

田中:いや、ちょっと嬉しすぎて……言葉が出ないですね。

――改めて岸田さんから見て、家主のバンドサウンドは2020年代においてどのような魅力があるものだと感じますか。

岸田:もし、若い人で今から楽器を始めるっていう人がいたら、コピーしたいと思いそうですよね。こんなに難しいギターをコピーしたくないと思う人もいるかもしれないけど(笑)、「やってみたい」と思わせるだけの楽しさがある曲だし、「これヤバくない?」と言い合って、何小節か弾けただけで「うぉー! 俺ら最強!」と思えるような、現代の一つのリファレンスなんじゃないかなと思います。よくも悪くも、最近のバンドモノの音源はそこが見えないんですよね。部屋の大きさが見えなかったり、エレキの音が殺されていたり、ピッチをいじりすぎていたりするから。ZAZEN BOYSとかもそうだけど、家主は空気感で入ってくる感覚があるから、「ギター弾きたい」とか「バンドやりたい」という衝動とすごく結びつきやすい感じがしました。家主を弾けば上手くなるような気もするし。あと「バンドで人と違うことがやりたい」と思ってソングライターを志す人が、家主の曲を聴いて「あっ!」と思った瞬間に、その人はきっと何かを掴んで、自ら作り始める可能性があるというか。バンドのソングライターの新しいフォーミュラだと思うので、聴いている人にとっての閃く扉になるかもしれないなっていうのは思いますね。

田中:それはまさしく、私が岸田さんに対して感じていたことです。自分はもともとギターだけを弾いていて、歌おうという気は一切なかったんですけど、くるりを聴いて、ギター&ボーカルってすごいと思って。自分がギター&ボーカルに憧れて、志したきっかけは岸田さんなんです。くるりの曲を聴いていると、漠然とですけど「自分はこういうことがやりたいんだ」って突き動かされるものがあって、次に行くための橋を渡してくれたような感覚がありました。新しい扉を開いていただいた岸田さんにはめちゃくちゃ感謝していて……今のお話を聞いて、「もしかすると自分は岸田さんの後ろに続けているのかもしれない」という気持ちになれました。

岸田:こちらこそ、ありがとうございます。お酒とか好きだったら、今度飲みにでも誘ってください。

田中:自分はお酒が全然飲めなくて……お茶を。

岸田:じゃあ、お茶しましょう。

田中:ありがとうございます! いつか「惑星づくり」を岸田さんの前で披露できるように頑張ります(笑)。

『石のような自由』

◾️CDリリース情報
家主『石のような自由』
リリース日:2024年3月6日
¥2,800(税込)
収録曲:
01.SHOZEN [シングル]
02.きかいにおまかせ [シングル]
03.庭と雨
04.歩き方から
05.部会
06.ひとりとひとり [ニューミックス]
07.オープンエンド [シングル]
08.耐えることに慣れ過ぎている!
09.free as a stone
10.Dreamy [再録]
11.今日はひとりでいようね
<ボーナストラック>
12.きかいにおまかせ <demo>
13.free as a stone <demo>
14.Dreamy <original>

◾️LPリリース情報
家主『石のような自由』
リリース日:2024年6月7日(金)
¥3,900(税込)
1LP/33回転/重量盤仕様

■ツアー情報
『YANUSHI LIVE TOUR 2024』

東京公演[One-Man Live]
会場:東京・恵比寿 LIQUIDROOM
2024年4月29日(月・祝)17:00 OPEN/18:00 START

宮城公演
会場:宮城・仙台 darwin
日時:2024年5月25日(土)17:00 OPEN/17:30 START
ゲスト:POLYSICS

新潟公演
会場:新潟・GOLDEN PIGS RED STAGE
日時:2024年6月9日(日)17:00 OPEN/17:30 START
ゲスト:Kaede(Negicco)

香川公演
会場:香川・高松 TOONICE
日時:2024年6月15日(土)17:30 OPEN/18:00 START
ゲスト:Summer Eye

京都公演
会場:京都・磔磔
日時:2024年6月30日(日)17:00 OPEN/17:30 START
ゲスト:ANATAKIKOU

広島公演
会場:広島 CLUB QUATTRO
日時:2024年7月20日(土)17:30 OPEN/18:30 START
ゲスト:後日発表

愛知公演
会場:名古屋 CLUB QUATTRO
日時:2024年8月11日(日)17:15 OPEN / 18:00 START
ゲスト:髭

福岡公演
会場:福岡 The Voodoo Lounge
日時:2024年8月17日(土)18:00 OPEN/18:30 START
ゲスト:後日発表

北海道公演
会場:札幌 Sound Lab mole
日時:2024年8月25日(日)16:00 OPEN/16:45 START
ゲスト:後日発表

◾️関連リンク
家主 Official X(旧Twitter)
くるり オフィシャルHP

関連記事