テイラー・スウィフト『THE ERAS TOUR』徹底レポ 濃密な音楽旅行が放つ人生を肯定するメッセージ

 2024年2月7日から10日の4日間にわたって、約5年ぶりとなるテイラー・スウィフトの来日公演『TAYLOR SWIFT | THE ERAS TOUR』が東京ドームにて開催された。本稿では、初日となった7日公演のライブレポートをお届けする。

テイラー・スウィフト

 現代における世界最強のポップアイコンの一人であるテイラー・スウィフトが来日公演を実施する。それだけでもビッグニュースなのだが、今回は話が違う。昨年から世界中に多くの話題と影響を与え続けている『THE ERAS TOUR』を遂に日本で観ることができるのだ。昨年末に公開された映画版の『テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR』も鑑賞し、物販に並んで購入したTシャツも着用して準備万端と思ってはいたのだが、いざ会場に入場してそのステージセットを目の当たりにすると、やはり圧倒されてしまう。

 この日の会場には、日本はもちろんのこと、やはり世界から多くのSwifties(テイラー・スウィフトのファンの総称)が集まっているようで、東京ドームの外や客席など様々な場所で記念撮影やフレンドシップ・ブレスレットの交換(ファン同士が友情の証として交換し合う)など、この日集まったSwifties同士のやり取りを見ることができた。一方で、年配と思わしき方や家族連れなど、客層が幅広いものになっていたのも日本におけるテイラーの国民的な人気を改めて実感させられる。開演前の会場にはセレーナ・ゴメスやラナ・デル・レイといったテイラーと親交の深いアーティストの楽曲や、FALL OUT BOYやParamoreといった自身に影響を与えたのであろう2000年代のポップパンクなどが流れており、会場に彩りを添えていく。

 そうして迎えた開演予定時間の18時まであと数分というタイミングで、ステージ後方の巨大なスクリーンにカウントダウンが投影され、一気に会場の熱気は最高潮に。「テイラー!テイラー!」というコールが会場を埋め尽くす中で、残り時間が「00:00」を示すと、遂に『THE ERAS TOUR』が幕を開けた。

 スクリーンに映る、カウントダウンを示していたアナログ時計が拡大されていくと、その先にあるのはさまざまな色のライトで照らされる部屋たち。幻想的にアレンジされた「Miss Americana & The Heartbreak Prince」が会場に響く中で、同じくらい美しく優雅な羽根を大きく広げるダンサーたちがセンターステージへと進んでいく。いつしか楽曲も、スクリーンに映し出される世界も壮大な夢のように広がっていき、たくさんの羽根が重なりあっていくと、その中からテイラー・スウィフト本人が表れ、「It’s been a long time coming(待ち続けて長い時間が経ったね)」という言葉を皮切りにテイラー自身の歌声が会場中に響き渡り、観客の絶叫と呼応する。あまりにも美しく堂々と立ったその姿から放たれる「It's you and me, that's my whole world(あなたと私、それが私の世界にとってのすべて)」という言葉は、今思えば、まさにこれから始まるコンサートを一言で示していたのかもしれない。

 2曲目に披露されたのは、昨年夏にリリースから約4年の時を経てシングルカットされ、世界中のチャートを席巻した「Cruel Summer」。当時はこの現象自体を不思議に感じていたのだが、実際に会場に響き渡る同楽曲のあまりにも開放的な高揚感と幸福感に浸っていると、ツアーを皮切りに同楽曲がSwiftiesを中心に熱狂的に支持されたことにも納得がいく。楽曲を終えて、会場のいたるところから聞こえてくる歓声を前に、驚きと喜びが入り混じったような表情で客席を見渡し、感謝のメッセージと「あなたたちのおかげで、本当にパワフルになったような気がする」という言葉を起点に、今度はいつの間にかステージに設置されていた3階建てのオフィスのようなセットを舞台とした「The Man」へ。先程までのしっかりとした歌声を聞かせるポップシンガーから一転して、楽曲の世界観を再現したかのようなシアトリカルなパフォーマンスで観客を魅了する。さらに「You Need to Calm Down」を挟んで披露された「Lover」では、優雅に踊るダンサーたちの中心でアコースティックギターを弾きながら歌うという、最初期から現在まで続く親密感に満ちたシンガーソングライターらしい姿へと瞬く間に切り替わっていく。どの姿も等しく「テイラー・スウィフト」であり、その多彩な表現力が冒頭から惜しみなく発揮される。

 さて、そんな同楽曲のイントロで、「東京!『THE ERAS TOUR』へようこそ!」という日本語での挨拶や、4日間の東京ドーム公演が完売したことへの惜しみない感謝を告げた後に語られた「さぁ、18年に及ぶ音楽の冒険の旅に出ましょう」という言葉が示す通り、ここまで書いた内容は充実こそしているものの、この日のコンサートの全体からすればごく一部にすぎない。恐らくこんな調子で書いていたら、この記事のページ数がとんでもないことになってしまうだろう。

 というのも、『THE ERAS TOUR』とは2006年のデビューから現在までの18年の間にテイラー・スウィフトがリリースしてきた全アルバム(ただし1stは除く)の各時代(ERA)を一つずつ辿るというコンセプトのツアーであり、それぞれの作品ごとに異なる世界観が濃密に描かれていく。つまり、ここまで書いた内容はあくまで2019年に発売された『Lover』のセクションにすぎないのだ。同作収録の「The Archer」で一つの区切りを迎えた先に待っているのは、2008年の『Fearless』であり、先程までポップスターとしてステージを見事に支配していたテイラーが、今度は軽やかなステップとともにアコースティックギターを弾きながら「Fearless」の瑞々しいカントリーポップを会場中に届けてくれる。つまり、いわゆる名曲だらけのベストヒットライブをベスト盤に例えるのであれば、今回の『THE ERAS TOUR』はもはやボックスセットに近く、紛れもなく現在のテイラー・スウィフトの集大成であり、だからこそ世界中が熱狂しているのだ。というわけで、もし可能であればこのあたりで一度、文末に書かれている全45曲にも及ぶセットリストを見ていただきたいと思う。

 『Lover』(2019)、『Fearless』(2008)、『evermore』(2020)、『reputation』(2017)、『Speak Now』(2010)、『Red』(2012)、『folklore』(2020)、『1989』(2014)、(サプライズ・ソングの弾き語り枠を2曲挟んで)『Midnights』(2022)という順序のもとにそれぞれの時代を行き来しながら訪れるそれぞれのアルバムの世界観は、一つひとつが単体のツアーの演出だったとしても成立するくらいに徹底的に作り込まれたものであり、それはどの作品においても異なるテーマを描きながら、常に確かな評価と支持を獲得してきたテイラー・スウィフトという破格のポップアーティストだからこそ実現できるものだ。だが、それと同じくらい重要なのは、この場に集まった人々にもまた、(思い入れの大小はあるとして)それぞれの作品と共に生きていた時代があり、その記憶も体験の一部であるということだろう。これらの作品名とセットリストを眺めた時に、きっと誰しもがどこかの部分に、記憶を刺激されるような感覚を抱くのではないだろうか。

 例えば、『Fearless』のセクションで披露された「You Belong With Me」ではバンドメンバーやコーラス/ダンサーとのどこかリラックスした、それでいてポジティブなムードに満ちた掛け合いや、楽曲自体の懐かしさと名曲ぶりも相まって、まるで東京ドーム全体で盛大な同窓会をやっているかのような雰囲気に満ちていた。周りのいたるところでカップルや友人、家族同士による記念撮影が行われていたのも、そうした印象をさらに強めてくれたのだが、それはやはり、私たちがその曲と共に生きていたからであり、この時の圧倒的な祝祭感の根源となっているのは、あれから長い年月を生き続け、またこの曲を聴くことができたという喜びにあるのだろう。また、作品ごとに大きく異なる表情を見せてきたにも関わらず、今でも当時に匹敵するくらいのエヴァーグリーンな存在感や歌声を響かせることができるテイラーのパフォーマンススキルにも圧倒されるばかりだ。

 「懐かしい」という点で言えば、日本でも大ヒットとなった傑作『Red』のセクションは間違いなくこの日最大のハイライトで、「We Are Never Ever Getting Back Together」では当然のように会場中に凄まじい大合唱が響き、同じく人気の高い『1989』では「Shake It Off」や「Bad Blood」を中心に盛大なダンスパーティーが生まれていたわけだが、『Fearless』から『1989』だけを切り取ってもそこには6年の年月が存在し、一言で「懐かしい」と言ってもそれぞれの時代で刺激される記憶は大きく異なる。そうした体験の一つひとつが作品ごとにじっくりと身体に染み込んでいくからこそ、ライブが終盤を迎える頃にはまるで自分自身も過去を遡っていったかのような、いわゆる「名曲満載のライブ」だけでは味わえないような不思議な感覚で満ちていることに気付かされる。まさに、私たちはテイラー・スウィフトとともに生きてきたということ、そして、テイラーもまたファンとともに生きてきたということを、これ以上ない形で強く実感させてくれるのだ。

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