ワーナーミュージック発ディストリビューション事業“ADA”は日本でどう戦う? 今メジャーレーベルに求められるもの

ADA エリック・ジュ氏インタビュー

 ワーナーミュージック・グループ傘下で、全世界に音楽ディストリビューションサービスを展開しているADA(Alternative Distribution Alliance)。2020年以降、中国、韓国、インドなどアジアの音楽マーケットに進出してきたADAは、DMM.com(総合動画配信サービス)との提携、アイドルグループ「UNLANE」のストリーミング配信を担うなど、日本でも徐々に存在感を強めている。

 リアルサウンドでは、株式会社ワーナーミュージック・ジャパン ADA本部長のエリック・ジュ氏にインタビュー。海外での展開を中心にしたADAの強み、今後の活動ビジョンなどについて聞いた。(森朋之)

“たまたま”当たることはあっても、戦略的にヒットを生み出すことは難しい

ジュ・ユンソン氏
ジュ・ユンソン氏

ーーまずはエリック・ジュさんの経歴を教えていただけますか?

エリック・ジュ(以下、エリック):はい。私はアメリカ生まれで、韓国とアメリカの国籍を持っています。美大を卒業した後、大手映画制作会社にマットペインターとして入社したのがキャリアのスタートですね。映画の背景などを制作していたのですが、日本のコンテンツが好きで当時からある程度日本語ができたんです。それで日本のスタッフとやり取りするようになり、気づいたらマーケティングにも関わるようになっていました。韓国で兵役を終えた後、ソニーミュージックに異動になり、日本に来たのが2007年。さらにソニーコンピュータエンタテインメント(現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)に移り、ゲーム関係の仕事をしながら、アニメ事業にも関わって。その後は大手商社でゲーム、音楽、映画、eスポーツなどをつなげるプロジェクトに参加したり、米国大手ゲーム制作会社でゲームの仕事に携わりました。

ーー音楽、映画、ゲームの3軸で活動されてきた、と。

エリック:そうですね。基本的に音と映像が好きなんですよ。マットペインターをやっていた頃もずっと音楽を聴いていたし、レゲエDJとして活動していたこともあるので。

ーーそして今年3月にADAの本部長に就任。ストリーミングの普及によって、音楽ディストリビューションサービスの需要も上がっていますが、ADAの強みとは何でしょうか?

エリック:まず抑えておかないといけないのは、ディストリビューションの会社は音楽配信を行うために必ずしもアーティストにとって必要ではないということです。各ストリーミングサービスへの配信は、アーティスト自身がやろうと思えばできることなので。ならば、ワーナーミュージック・ジャパンのようなグローバル音楽会社がデジタルディストリビューションにおける役割はなんだろう、と考える必要があります。そのことを踏まえてお話しすると、ADAはワーナーミュージック内の組織なので、レーベルが持っている国内外のネットワークやノウハウを利用していただけるのは大きな強みだと思います。さらにADAは世界各国に拠点があり、たとえば「このアーティストはフランスやドイツ、タイなどでも聴かれそうだ」ということになれば、すぐに展開できます。日本のADAと契約することで、全世界に効果的に配信できるというわけです。

ーーADA自体もアジアでの活動を活性化させていますよね。

エリック:きっかけとしてはやはり、近年のK-POPの流行ですね。音楽自体も素晴らしいし、パフォーマンスも華やかですが、いちばん大きいのは欧米人のアジア文化に対する壁を崩したこと。BTS、TWICEなどアジア人だけで構成されたグループがビルボードで上位に入ったことで、アジアのアーティストの存在を強く認識させることに成功しました。その影響でアジアのアーティストのなかに「自分たちもやれる」という空気が生まれたし、ADA本社もアジアのマーケットを非常に重視視しています。ただ、多くの日本のアーティストは、(世界に向けた活動に)チャレンジしていなかったと思うんですよ。その理由の一つは、日本の人口の多さ。つまり内需だけで音楽産業が十二分に成立していたんですよね。

ーー国内のマーケットだけで十分に活動が成り立っていた、と。

エリック:間違いありませんね。しかし、音楽マーケットがデジタルにシフトしたことで、その状況は大きく変わりました。音楽の聴かれ方がApple Music、Spotifyなどのストリーミングサービスに移行し、物理的な輸入や輸出の意味が薄れたと同時に世界中のアーティストとの競争を余儀なくされた。今まではそのことを明確に意識している日本人アーティストは、そこまで多くなかったと思うんですよね。私が本部長になってから50以上のアーティストと話をしましたが、特に若い世代ほど世界を意識している傾向が強まっています。ADAが全楽曲のディストリビューションを担っているUNLAMEもそう。MVに韓国語と英語のスクリプト(字幕)を付けるなど、海外のユーザーとの親和性を高める施策を続けています。メンバー自身、幼少期からK-POPなど海外のアーティストに影響を受けているし、我々の世代とは見ている世界が違いますね。

UNLAME "I am I" Official Music Video

ーー若い世代のアーティストを中心に、日本の音楽業界全体も大きく変化しそうですね。

エリック:そうだと思います。世の中でDX(デジタル・トランスフォーメーション)が話題になったときも日本の音楽業界は大きく出遅れましたが、もちろん、そのままの状態ではいられない。だからこそ、デジタルディストリビューションを行う我々はデジタル革命の先頭に立つ自覚を持って進んでいきたいと思っています。ただ、現時点ではやはり温度差があるんですよね。その差を埋めるためにはアーティストやレーベルと会話を重ねたり、新しい音楽の聴き方を体感してもらうことが大事なのかなと。たとえばApple Musicが力を入れている空間オーディオ。アーティストのみなさんにも実際に聴いてもらったり、空間オーディオの楽曲を制作しているスタジオを見てもらっています。楽器やボーカルの配置によって表現も多様化するし、楽曲を通して、パフォーマンスしている場面を感じてもらえるのは、アーティストにとっても大きな魅力だと思います。

ーー空間オーディオに対応したトラックを制作することで、当然、聴かれる機会も増えますよね。

エリック:そうです。アーティストだけではなく、弊社のスタッフの理解力を上げることも大事ですね。どうしても目の前の業務に追われがちですが、今の音楽の聴かれ方、そこに対してどうアプローチするかを常に気にかけることが必要なので。

ーー日本の音楽コンテンツのなかで、世界のマーケットに訴求できる可能性を感じているものは?

エリック:弊社で扱っている楽曲のなかで、再生数が断トツに多いのはアニメ関連のトラックです。アニメ作品自体の人気はもちろんですが、ここ数年のチルブームの影響もあります。仕事や作業をしながら、あるいはリラックスしている時間に聴ける音楽が求められる傾向が強まっているのですが、そういうニーズに対して、アニメのOSTは最適なコンテンツになるのではないかと。DOLBY ATOMOSやAppleが展開する空間オーディオに対応したトラックが増えれば、より多くのユーザーに訴求できると思っています。もちろん根底には「日本の音楽を世界中に届けたい」という思いがありますが、大事なのは「どう届けるか?」、つまりやり方ですよね。音楽業界をよくレッドオーシャンといいますか、世界中にワールドクラスのアーティストが数多く存在しているなかで、日本のアーティストの音楽を届けるためには道筋をしっかり固める必要がある。TikTokやYouTubeでの施策もその道筋の一つだと思っています。動画メディアを介したバイラルヒットを狙うのはもちろんですけど、これが“たまたま”当たることはあっても、戦略的にヒットを生み出すことは難しいと思うんです。しかし、マーケットが必要とする需要に向けて精度を高めることは可能だと思うのです。世界中にネットワークがあるADAであれば、各国のマーケティング的数字と現地の声をベースにして、ヒットにむけて、アーティストやレーベルと議論ができる。それも我々が持っている大きな利点だと思っています。

ーー直近のADAの動きについても聞かせてください。直近ではDMM.comとの配信受託契約の締結。DMMが運営する総合動画配信サービス「DMM TV」のオリジナル番組の全音楽作品を対象に、グローバル・デジタル配信を担うことになりました。

エリック:先ほどもお話ししたように、日本のコンテンツのなかでもっとも世界への発信力があるのはアニメです。昨年はバンダイナムコアーツ(現在はバンダイナムコミュージックライブ)と契約し、全世界200以上のテリトリーへ楽曲配信を拡大しました。DMM TVはアニメを主軸に、バラエティや2.5次元舞台・ミュージカルなども配信しています。今回の契約では声優をフィーチャーした番組、バラエティ番組やドラマなどDMM TVの全てのオリジナル番組の全音楽作品が配信の対象です。最初の配信は、オリジナルドラマ『横道ドラゴン』のOST。地上波のドラマとは一線を画すアプローチのドラマですし、OSTも非常に魅力的です。

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