連載『lit!』第76回:ドレイク、City Girls、ケン・カーソン……捻れた表現でリアルを描くヒップホップ5作

 〈綺麗な振りは汚い〉(「Be Me」)と歌ったのは2015年のKOHHであるが、汚いもの、汚い部分を散文的に晒しながら、モザイク的に美しく表現として昇華していく、そんな捻れた側面がヒップホップにはある。絵空事や美化などではなく、全てを剥がしたリアルな姿や、現実の情景のドキュメントとして。それがモザイク的に連なったものを見せてくれるのがアルバム作品だろう。筆者がこのシンプルなリリックを何かあるたびに思い浮かべてしまうのは、そういった側面がヒップホップ、ラップミュージックの表現に確実に存在していることを、信じて疑わないからだ。今回はそういった視点で新作アルバムを5枚紹介したい。

ドレイク『For All The Dogs』

 ドレイクを“コンシャスな”ラッパーとする人は少ないかもしれない。ただし本来的な意味としてこの言葉を使うのであれば、ドレイクは間違いなく自分の身振りに“意識的な”ラッパーであるということができるだろう。ストリーミング時代のヒットスター、ネットミーム化。彼は自分のキャラクターを受け入れながらも、単純に産業や大衆の要請に対して寄り添っているとは言い難く、シニカルな側面すら感じさせる。

 その明け透けなスタイルは、政治的な批判の対象としても批評家から蔑まれることも多い。本作においても然りであるが、正直アルバムとしての統一感という意味では近作の中でも劣るかもしれない。例えば、昨年の『Honestly, Nevermind』における強固なコンセプトや、21サヴェージとのタッグ作『Her Loss』でのハードコアな感触が本作においては薄く、メインストリームの商業作として引き伸ばされている印象を受けた。例によって、本作におけるミソジニックなラインを看過し難い向きもあるだろう。しかし、それでもなお、彼の音楽が放つ儚さと甘美さには抗い難い。フランク・オーシャンの未発表曲「Wiseman」の刹那的なサンプリングから始まり、「Amen feat. Teezo Touchdown」や「8am in Charlotte」のゴスペル調のトラックが印象に残る。作品に漂う浮遊感は本作の持ち味であり、彼の音楽における有限な時間への執着と描写にも貢献しているだろう。1人の男の性と金に満ちた戯言は聞き飽きたという人もいるかもしれないが、もはや熟練とも言えるラップと歌のバランスと有限な時間感覚は、簡単には壊し難い彼の作品世界の美しさを相変わらず強固なものにしている。

Drake - 8am in Charlotte

City Girls『RAW』

 ニッキー・ミナージュやカーディ・Bのそれと同じように、マイアミ出身のラップデュオ City Girlsがシーンに与えた影響も計り知れない。それはドキュメンタリー『Rap Caviar:ヒップホップシーン最前線』のCity Girlsのエピソードでも確認できることであるが、その主体的で衝動的、苛烈で屈託のない表現は魅力的であり、まだまだ男性主義的な側面が消え去っていない音楽業界の中で、表現の可能性を拡張するものとなった。

 そんなデュオの新作のタイトルは『RAW』。まるで灼熱の鉄板の上に晒されるようなハードなラップと、マニー・ロングやアッシャーなど優れたR&Bシンガーによる煌びやかなコーラス、キム・ペトラスとのポップな合流など、City Girlsの新譜として、幸福で楽しい出来にもなっている。同じような系譜では、上述したドレイクのアルバムにも参加しているSexyy Redのミックステープ『Hood Hottest Princess』も今年のトピックではあったが、City Girls『RAW』の苛烈でありながら滑らかな感触のもとで描かれるクラブ遊びやショッピングは、作品全体の身軽な魅力を高める。

City Girls Ft. Kim Petras - Flashy (Official Music Video)

ウエストサイド・ガン『And Then You Pray For Me』

 ウエストサイド・ガンの新作は豪華なゲストを招いた超大作で、重厚な出来である。全編のムードはダークに統一感を保っており、緊張感のあるラップが紡がれている。壮大なオルガンや派手さのないベースライン、全体に見られる意識的な音像のざらつき。荒れたストリートの様子や、ラップによって掴んだ成功を、そういった荒々しく過激なサウンドと共に語る本作は、ある程度の体力がいる作品と言えるかもしれない。彼の、NYアンダーグラウンドの感触やスタイルが本作でも引き継がれつつ、テイ・キースが手がけるトラップ曲「Kostas」の浮遊感や、不安定なメロディを獲得する「KITCHEN LIGHTS」など、微妙に逸脱するような時間があることも重要な側面だ。騒々しいが、緻密にアルバムの構成は整えられており、一貫したコンセプトを崩さない。激しさと、決してクリアに見渡すことができない空洞のような暗闇が備わっており、そこにアーティストとしての美学を見る。

Westside Gunn, Stove God Cooks - KITCHEN LIGHTS (Official Visualizer)

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