追悼 BUCK-TICK 櫻井敦司 孤高の表現を貫き、穏やかな心で魅了した類稀なるボーカリスト

 デビュー当時から数えきれないほど取材してきたが、当初のインタビューでは口が重い彼らに苦戦した。彼らの人気が高まり、雑誌がページを多く使うようになって個々のインタビューを重ねていくうちに打ち解けて話してくれるようになり、櫻井はこちらが深読みした歌詞を説明してくれたり、今井はサウンド構築の意図を話してくれるようになった。櫻井とは楽曲から読み取れる好きなアーティストや曲のこと、書籍や映画などのことも話題にした。母親の影響で昭和歌謡をよく聴いていたとか、アラン・ドロンや沢田研二が好きだとか、美輪明宏やエディット・ピアフにも影響を受けたとか。話題は尽きなかった。

BUCK-TICK / 「惡の華」ミュージックビデオ

 初期のBUCK-TICKでは今井が詞曲とも手がけていたが、次第に櫻井が作詞するようになった。櫻井の書く歌詞は当初から単純なラブソングではなく、ラブソングでありながら孤高であり耽美だった。「セックスの後の寂しさ」といったものを描きたいのだと言っていたが、それが次第に昇華されて人間の内面を深く掘り下げていったのだろう。頽廃的な美意識を取り込むことは人間のダークサイドに触れることであり、その闇に潜む痛みや孤独や残酷さが人間の性(さが)を浮かび上がらせる。歴史を振り返れば時勢によって変化する価値観、宗教によって違う視点、ジェンダーの難しさといったものを模索しながら、彼なりの言葉で歌に織り込んだ。1995年のアルバム『Six/Nine』に収録された「楽園(祈り 希い)」の〈神の子が殺し合う愛の園〉という一節は、今改めて心に染みるし、彼の慧眼に感服する。

BUCK-TICK「楽園(祈り 希い)」

 “耽美で退廃的”と言えば、現実離れしたことを歌っているように思われそうだが、櫻井は現実をしっかりと見つめていたアーティストだった。最新作『異空 -IZORA-』(2023年)には、彼のそうした面が如実に表れている。ウクライナ侵攻が始まった2022年2月より前にレコーディングは始まっていたが、それを予期したかのような曲がいくつもある。〈逃げられない 俺はもう何処へも〉と歌う「SCARECROW」を幕開けに、核戦争後の地球のような「さよならシェルター」、〈兵隊さん マシンガン ミサイル“花束”/子供たち おとうさん おかあさん“花束”〉と優しく歌う「Campanella 花束を君に」。この曲を歌いながら櫻井はステージで、赤子を抱くような仕草をして最後は小さくうずくまっていた。また、ライブでは「私の名はヒズミ」と一人芝居めいた独白から始まった「ヒズミ」は、ジェンダーの問題を抱えた人の辛さを表していた。それに続く「名も無きわたし」は、誰もが名前や国やジェンダーさえ超えて平等に存在することを歌っているように思える。今井と星野のポップセンス抜群の曲と攻めるアレンジがあるからこそ、櫻井はあえて手強いテーマを選んだのではと思ったりもするが、こうした難しいテーマをこれほどわかりやすく美しく歌ったアーティストは他にいるだろうか。私は知らない。

BUCK-TICK「Campanella 花束を君に」

 掘り返せばきりがないが、何よりも櫻井敦司が傑出したボーカリストであり、その歌を伝えるための言葉を綴る達人であり、さらにステージで表現する天才だったことはどれほど言葉を尽くしても伝えきれない。まだまだ歌いたかっただろうと思うと、ステージで倒れた彼の悔しさはいかほどだろう。歌い続けていたら、さらに素晴らしいシンガーになったことは想像に難くないし、作詞に関しても一層深いものを書いていたに違いない。今井は自身のInstagramに「ずっと、あっちゃんの横でギターを弾いていたかった」「ま、でもね。続けるからね」と記した(※2)。誰よりも櫻井を失い悲しんでいるのはBUCK-TICKの4人だろうが、今井の言葉通り続けてくれることを願う。私も無念は尽きないが、櫻井の残してくれた歌をこれからも聴き続けたいと思う。

 櫻井敦司の魂が安らかならんことを祈って。

BUCK-TICK / 「JUPITER」ミュージックビデオ

※1:『PHY【ファイ】 音楽と人2010年11月号増刊』より
※2:https://www.instagram.com/p/CyxUmQrJuhs/?img_index=1

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