Moto Fukushimaがニューヨークで培ったベーシストとしての独創性 ハウス・オブ・ウォーターズ『On Becoming』制作を語る

Moto Fukushimaインタビュー

アルバム『On Becoming』に込めた“過程”の大切さ

——では、ニューアルバム『On Becoming』について聞かせてください。制作の入り口はどんな感じだったんですか?

Moto Fukushima:いつもそうなんですけど、そこまでコンセプトがあったわけではなくて。僕もマックスもそうなんだけど、「曲もそれなりにあるし、そろそろ作らないとね」という感じでした(笑)。ただ、今回はドラマーが違うんですよ。以前のドラマーが別の道に進むことになって、その後は2人でやっていたんですけど、今回はアントニオ・サンチェスに参加してもらって。

——現代ジャズを代表するドラマーですよね。今年6月には、タナ・アレクサ(Vo)、BIGYUKI(Key)、レックス・サドラー(Ba)とともにBad Hombreとしてブルーノート東京での公演もありました。

Moto Fukushima:もともと知り合いの知り合いみたいな感じで、1年くらい前から「一緒にレコーディングしない?」みたいな話をしていて。アントニオはメロディ楽器みたいな感覚でドラムを叩ける人だから、僕とマックスと合わせて、ある程度の自由度がある状態でやったら面白いんじゃないかなと。アントニオからもどんどん意見が出てきたし、楽しかったですね。どの曲も3テイクくらい録ったんですけど、そのなかで少しずつビルドアップできて。自由なところは自由だし、きちんと構成した部分もあって、全体的にメリハリのある仕上がりになったと思います。

——音色とメロディの混ざり方がすごく心地よくて。インストやジャズを聴き慣れない人も楽しめるアルバムだなと。

Moto Fukushima:あ、よかったです。アバンギャルドなことをやってるつもりはないんですけど、自分たちがやりたいことをやってるだけなので、そう言ってもらえるとちょっと安心ですね(笑)。時代の流れとかも意識していないし、そこまで新しいことをやっているとは思ってないんですよ。ダルシマーと6弦ベースというだけで新鮮だと思うし、そこに頼ってる部分もありますね。

——先行シングル「705」は、Motoさんが作曲を終えた7時5分がタイトルになっているそうですね。

Moto Fukushima:はい。55 Barのオーナーと仲が良くて、よく演奏に誘ってもらってたんですよ。コロナ禍のときは直前にキャンセルが出ることが多くて、当日「穴が開いたから、出てくれないか?」と連絡が来ることもあって。その日も午後4時くらいに電話がかかってきたんですよ。新曲を書いて、その場にいるミュージシャンと演奏してみようと思って、5時くらいから書き始めて、ちょうど7時5分に出来上がったのが「705」ですね。そのときの演奏をもとにして、さらに洗練されたバージョンを収録してます。

——まさに自由度が高いというか、その瞬間の即興性も反映されているんですね。「Hang in the Air」には、マイク・スターン(Gt)が参加。80年代にマイルス・デイヴィスのバンドメンバーだった伝説的なジャズギタリストですね。

Moto Fukushima:3年くらい前からマイクのバンドで演奏しているんですよ。コロナ禍のときもよく会っていて、マイクと奥さんのレニ(ドイツ出身のジャズギタリスト、歌手)は僕にとってのメンターというか。師匠であり、友達でもある存在なんです。「ハウス・オブ・ウォーターズで新作を録る」と言ったら、「ぜひ弾かせて」ということで、そのために曲を書いたんですよね。マイクはよく「Hang in there(がんばってるよ)」と言ってるので、“There”を“the Air”に替えて(笑)。ダルシマーとギターが混ざったときの音色がすごく面白かったし、フレーズやリズムの寄せ方もすごく上手くて。マイクは僕らのバンドを以前から評価してくれていたし、参加してもらえてよかったです。

——マイクから教わることもたくさんありそうですね。

Moto Fukushima:絶えず、何かしら学んでますね。音楽に対する姿勢とか情熱もそう。一緒に演奏していても「今、何を弾いてた? 教えてほしい」ってすぐに言ってくるし、「クラシックの先生について、作曲を学びたいんだよね」みたいなことを70代のマイクが言っているのを間近にして、「もっともっとやらなくちゃいけないな」と思わされるというか。

House of Waters - 705 (Official Music Video)

——素晴らしいです。そして「The Wall」は10分を超えるナンバー。

Moto Fukushima:「The Wall」は以前のアルバムにも収録していて、セルフカバーみたいな感じでもう1回録ったんです。マックスの奥さんのプリヤ・ダルシニ(Vo)が歌ってくれて、雰囲気もガラッと変わって。もともと長い曲を書くのが好きなんですよ。それも古いのかなと思うこともありますけどね。今はInstagramやTikTokの時代なので、まずは(楽曲の)いいところを30秒くらい聴いてもらって、その前後を足して3分くらいの曲にするのが受け入れてもらいやすい。ジャズミュージシャンもおそらく、コンパクトにすることを心がけている人が多いんじゃないかなと。でも、昔のジャズのような25分くらいの曲もやってみたくて(笑)。「The Wall」はミュージックビデオも作ったので、途中で飽きるかもしれないけど、観てもらえたらうれしいですね。

——アルバムには「Tsumamiori」「Kabuseori」という曲も。どちらの題名も折り紙の折り方ですね。

Moto Fukushima:今回はスタジオに2日間入ったんですけど、すでに形になっていた曲を6曲録って、あとはフリー・インプロビゼーションを15テイクくらい録ったんです。オーネット・コールマンみたいなインプロというより、3分くらいのコンパクトなものをどんどん録ったんですけど、そのうちの2曲を「Tsumamiori」「Kabuseori」というタイトルにしました。アルバムのジャケットはいつもインドのデザイナーにお願いしてるんですが、今回のジャケットは折り紙がモチーフになっていたので、ちょうどいいかなと。

——なるほど。「On Becoming」というアルバムタイトルは?

Moto Fukushima:アルバムタイトルはマックスと二人でいつも悩んでしまうんですけど、今回はあるアメリカの作家の言葉を引用しています。「有名な作家のみなさんに手紙を書いてみましょう」という小学生の授業があって、その作家から返事が届いて。「どうしたらいい文章が書けますか?」という質問に対して、「何かを作るときにいちばん大事なのは、そこに至る過程”。出来上がったものはクシャクシャに丸めて捨ててしまいなさい」みたいな答えを返したんですよ。その言葉、すごくいいなと思ったんですよね。仕事なので商品として売らなくちゃいけないんだけど、このアルバムを作る過程のなかで、僕とマックス、アントニオもそうですし、チーム全員が何かを学んだはずで。そこから「On Becoming(〜になる)」というタイトルになりました。

House of Waters - Avaloch (Official Music Video)

——ハウス・オブ・ウォーターズ自体も、何かに至るプロセスの途中だと。

Moto Fukushima:模索しながら15年です。それでいいんですよ。何にもなれていないから続いていると思うので。

——音楽家として、何者かにならねばという気持ちはないですか?

Moto Fukushima:やりたいことを続けているだけですけどね、僕は。それができる環境を求めて仕事をしているところもあって。自分のやりたいことだけをやって、お金が稼げなかったら、もう無理じゃないですか。音楽を続けるための最低限のところを確保しながら、それ以外はやりたいことだけをやるっていう。

——現時点における、Motoさんご自身のやりたいこととは?

Moto Fukushima:一人で作り上げるソロの作品も、自分のキャリアの一つになっていて。今年もアルバム(『Songs Belong To The Night』)を出したんですよ。ハウス・オブ・ウォーターズとソロをバランスよく続けながら、いろいろなミュージシャンとも演奏している感じですね。

——なるほど。日本のミュージシャンとも交流はありますか?

Moto Fukushima:最近、やっと知り合いが増えてきました(笑)。意図的にそうしたわけではないんですけど、ハウス・オブ・ウォーターズを始めた頃から、日本人のミュージシャンと演奏する機会がなくなってしまって。でも、パーカッションの小川慶太くんやトランペットの黒田卓也くんと仲良くなって、そのつながりでかなり広がってきましたね。この前もドラムの小田桐和寛くんのライブに参加させてもらって、彼の周りにいる若いミュージシャンと演奏したんですけど、みんなすごく上手で。

——「みんなもアメリカに行けばいいのに」と思ったりします?

Moto Fukushima:どうなんでしょうね。アメリカでやるのが正しいというわけでもないので。向こうでやれるだけのものが整っている人はかなりいると思いますけど、ビザの問題とか、アメリカで生活することを考えると難しいところもありますからね。昔は実際に行かないとチェックできない情報もあったけど、今はそうじゃないし。あ、でも、この前アメリカでRADWIMPSのライブを観たんですよ。

——意外な名前が出てきましたね!

Moto Fukushima:そうですよね。ベースの武田祐介くんとつながっていて、観させてもらったんですけど、めちゃくちゃよかったです。アメリカ人のファンがちゃんとついていたし、ロックバンドやポップスのミュージシャンもどんどん海外に出ていけるようになったらいいなって思いましたね。

■リリース情報
ニューシングル「705」
配信リンク:https://orcd.co/houseofwaters-705

ニューアルバム『One Becoming』
2023年9月8日(金)リリース
配信リンク:https://orcd.co/onbecoming

【Tracklisting】
1. Folding Cranes
2. Avaloch
3. 705
4. Hang in the Air
5. Tsumamiori
6. Azures
7. Still 
8. The Wall
9. Kabuseori
10. Paper Planes

■関連リンク
YouTube:https://www.youtube.com/houseofwaters
Facebook:https://www.facebook.com/HouseofWaters/
X(旧Twitter):https://twitter.com/houseofwaters

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