藤井 風、『バスケW杯』で塗り替えたスポーツテーマソングの常識 あえて“エキサイトさせない”「Workin' Hard」の面白さ
藤井 風の新曲「Workin' Hard」が8月25日にリリースされた。
『ブダペスト2023世界陸上競技選手権大会』と9月に開催される『アジア大会』のTBS系テーマソングに星野源が「生命体」を書き下ろし、『FIVB パリ五輪予選/ワールドカップバレー2023』の応援ソングにMrs. GREEN APPLEの「ANTENNA」が起用。さらに9月に開幕する『ラグビーW杯2023』のNHKテーマソングはMISIA & Rockon Social Club「傷だらけの王者」、日本テレビ系のイメージソングは嵐「BRAVE」といったように、さまざまなアーティストたちが音楽の力でこの夏のスポーツ大会を盛り上げている。そんななか、一際異彩を放っているのが、日本テレビ系/テレビ朝日系で放送される『FIBAバスケットボールワールドカップ2023』の中継テーマソングとなっているこの「Workin' Hard」だ。
この曲は、雰囲気は重苦しく、どこか気怠げ。ピアノの打鍵音は硬く金属的で、繰り返しのビートがどことなく単調な作業を思い起こさせる。メロディは低く、とりわけエッジボイスを随所で用いた呟くようなボーカル表現が、曲のムードをより重たいものに感じさせている。途中で挟まれるサックスのフレーズは憔悴気味で、行き場を失った鳥のように悲しげである。
スポーツ大会のテーマソングとしては異色の楽曲と言えるだろう。この方向性のサウンドを地上波で放送する際の大会テーマソングに採用したことは、なかなか挑戦的だと言わざるを得ない。いわゆるスポーツアンセム的な、聴く者の競争心を掻き立てる疾走感もなければ、高揚感を増幅させる激しいメロディの上下も少ない。スタジアム中を一体感で包み込むような大合唱を巻き起こすギミックもないわけではないが、それがメインとなるようには作られていない。ただひたすらに淡々としていて、何かが起きそうで起きないまま終わりへと向かう。
しかし、たまにきらりと光るフレーズが顔を出したり、藤井 風ならではのクラシックやジャズの素養を感じさせるヴィンテージな質感のあるピアノのタッチは一聴してクールで、その佇まいは研ぎ澄まされている。単純に音がカッコいいのだ。そして、腰を落として揺らすような独特のグルーヴは、まるでディフェンスプレイヤーが相手からボールを奪おうと虎視眈々とチャンスをうかがっているかのような、息をのむ緊張感がある。
歌詞の面では、弱い自分に打ち勝とうとする気持ちや、結果よりも過程を大事にする姿勢が歌われ、そのうえで単なる「頑張れ」ではなく、「すでにみんなは頑張っていて、そんなみんなに感心させられているよ」という、人間讃歌的な応援ソングの形を取っている。聴き手を直接的に鼓舞するわけでも、エキサイトさせるわけでもない、どちらかと言えば歌い手が応援されているという、斬新なテーマソングだ。