楠木ともり『PRESENCE』『ABSENCE』対談 後編:TOOBOE、meiyoとの制作で挑んだ新たな表現
二人が感じる“ツラくても元気でいなきゃいけない大変さ”
ーー(笑)。では改めて、オファーの経緯から教えていただきたいのですが。
楠木:アルバムが2枚組になって、『PRESENCE』と『ABSENCE』に既存曲を振り分けていったんですけど、バランス的に『PRESENCE』に毒々しいアップテンポな曲を入れたいということになり、どなたにお声がけをさせていただこうかなと考えていたんです。それがちょうどラジオでTOOBOEさんとお話をしたあとだったんですね。そのラジオで勝手にシンパシーを感じていたので、TOOBOEさんにお願いしようと思いまして。
TOOBOE:ホントですか!
楠木:どこか似た雰囲気を感じていたんです。
ーーTOOBOEさんは、ラジオでどんな印象を持っていました?
TOOBOE:そのときは明るい人だなって。そのあと曲を作るとなって、リモートで打ち合わせというか、お話をしたんですよ。そのときに「この人は根暗だな」と。
楠木:(笑)。
TOOBOE:同じ根暗であることは、すぐに理解しましたね。
ーー楠木さんは、すぐにバレがちですね(笑)。
楠木:そうなんですよ。少し話すとバレてしまう……。
TOOBOE:そもそもこの歌詞を提出して、それが通る時点で、わかり手なんだなっていう(笑)。
楠木:歌詞をいただいたときから、スタッフとも、めっちゃいい! って話していたんです。私、歌詞を書くときにダイレクトな歌詞を書かないというか、ネチネチ外堀を埋めていくタイプで……。
TOOBOE:イヤ~なタイプですね(笑)。
楠木:あははは(笑)。そうなんです。陰湿な感じになりがちなんですけど、この曲の、世間や自分へ言いたいことをダイレクトに吐き出している感じがすごく新鮮で、歌ったときに爽快感がありました。
ーーちなみに具体的なオーダーでいうと?
楠木:アルバムのコンセプトと、TOOBOEさんの「心臓」という曲がイメージにかなり近かったので、あの雰囲気が最高です、みたいなことをお伝えしました。毒々しい雰囲気と、ちょっとボカロっぽさがあるような感じがいいですと、お話ししたと思います。
ーー打ち合わせでは、どんなところを知ったのでしょうか?
TOOBOE:確か『チェンソーマン』のオンエアは終わっていたと思うんです。僕も(EDテーマの)「錠剤」という曲を出して、それが思った以上の反響があって、デビュー1年目のシンガーとしては、ステージが0.5か1くらい上がった感じがしたんですね。楠木さんも、まだ若いのにトップ声優の世界に入っている状態で、それってたぶん、すげー大変なんだろうなと思ったんです。表ではツラくない感じでいなきゃいけない仕事じゃないですか。カッコよくいなきゃいけないみたいなところもあるし。それを話していて感じたんです。別に直接言っていたわけではないけど、抱えているものはあるんだろうなって。
楠木:バレてる……。
TOOBOE:ライブもしてらっしゃると思うんですけど、ツラくても元気でいなきゃいけない大変さってあるじゃないですか。僕も『チェンソーマン』後の反響が大きくて、そこに(実力が)ついていけてないけど、ついていっている感じでいなきゃいけないという思いがあって。その合致したところを書けたらいいなと思って作りました。
ーー結構、周りが「すごい人だ!」ってなりますしね。
楠木:自分の周りにいる方がすごいだけなのに、私もそこにいると、同じように扱われがちなところってあるんですよね。私もマキマ役で一気に注目を浴びてしまったことで、ちょっとついていけてなさを感じたんです。とんでもないステージに立たされてしまった、みたいな。
TOOBOE:しかもそういうのって急に来るんですよね。
楠木:来ますよね!
TOOBOE:準備をしていると思うかもしれないけど、そうでもないこともあって。で、こういう歌詞になったわけですけど。
ーー打ち合わせで話したことが、かなり反映されているんですね。
TOOBOE:提供する場合はいつもそうなんですけど、メモをしながら話を聞いているんです。使えるかもってワードをいっぱいメモしていて、その中でも「劣等感」がすごく強い方だというのが、一瞬で見えて。
楠木:はい……。
TOOBOE:でもそれってよさだとも思うんですよ。トップにいても、自分はそんなんじゃないって、自己評価が低い人のほうが仕事ができるんです。それは統計学的にもそうなっている。カリスマ性とかスキルがちゃんとあるのに、自分はまだまだだと思ってしまう感じって、言ってしまえば自分もそのタイプで……。周りからすごいって言われても、全然だって言っちゃうし、それが謙遜ではなくガチなんですよね。
楠木:ガチですよね!
TOOBOE:本気で、そんなんではないんだよと言ってしまうくらいガチ。そこに共鳴したんです。で、今回は、声優を生業にしている人、普段演じているフィルターを通して話している人が、そうではない自分の言葉で歌うべきことをめっちゃ考えました。だから歌詞で「〇〇ます」とか、話し言葉も使っているんです。そうすることで楠木さんが言っているような感じを出したいなと思って。提供するときは、自分で歌っても意味がない曲を作りたくて、そのシンガーが歌って完成するように、余白を残すんですね。その余白もきっちり埋まる感じで歌ってくれていたし、作っているときのプロセスは、すごくよかったなと思います。楽曲に関しては「心臓」というリファレンスもあったから、テンポはそこに寄せていった感じです。
転調によって生まれる情緒不安定さ
ーーそうやって生まれた「青天の霹靂」を受け取ったときは、どう思いましたか?
楠木:まず楽曲がすごくカッコよくて! 私は詞先で曲を書くので、歌詞につい注目してしまうんですけど、ここまでダイレクトな歌詞だから、それをぶつけたい! とか爆発させたい! と思って、気持ちが乗るんです。しかもこのメロディによって、自分の気持ちがもっと明確で鮮やかになるような感覚があったので、歌っていても気持ちがいいし、今は早くライブで歌いたいです!
TOOBOE:曲とかアレンジによって、歌詞が倍増されなきゃ、それはポエムを書いておけばいいって話になるので、すごく大事な要素だと思っているんです。だから「心臓」のような曲というオーダーをいただいた時点で、ギターは「心臓」と同じく、うちのバンドのギター(飯田”MESHICO”直人)に弾いてもらうことは決めていました。
楠木:ギター、めちゃめちゃカッコよかったです!
ーーアレンジのこだわりというと、例えばどんなところがありますか?
TOOBOE:この曲って転調がすごく多いんですけど、転調を使うとすごい! ってなる風潮もあるので、極力わからないように転調してやろうという気持ちがあるんですね。Bメロが特に目まぐるしくキーが変わるんですけど、Aメロが基本的に落ち着いたコード進行で進むところで、物語的にも曲的にもぐわっと変わる感じをBメロで出して、サビにいく。それを表現するために転調を使っているんですけど、うちのギターには、「こんなに難しいギターをやっちゃダメだよ」って言われるくらい、面白いことをしています(笑)。
楠木:(楠木のライブでギターを担当している)菊池(真義)さんに頑張ってもらわないと(笑)。この曲って、転調というか曲調が変わる感じがしていて、それが情緒不安定さを出しているんですよね。そのまくし立てがあるからこそ、最後にショートしちゃうみたいなところもある。そういう場面も見えてきたので、とても歌いやすかったです。
TOOBOE:そうそう。人生でもありますもんね、ショートして「どーでもいっか!」ってなること(笑)。
ーー転調もある難しい曲でもあるのに、歌っていて気持ちよかったんですね。
楠木:この曲は、録り終わるのも早かったんです。私がボカロ曲に馴染んでいる世代というのもあると思うんですけど、メロディラインが上下するほうが歌いやすくて。感情面でのアプローチもやりやすかったのでいいテイクがたくさん録れて、どれにするか迷ったくらいでした。
TOOBOE:今回は別件があって、レコーディングが終わる頃までに行けなくて、立ち会えなかったんです。ただ、他のアーティストさんでも曲を提供するときって、歌に関してはあまり口を出さないんですね。本人が納得するものであれば、僕は何も言いたくないので。だからというわけではないですが、この曲もまったく不満はなくて、すごくよかったです。
ーー今回、一緒に1曲を作り上げてみて、どんなことを思いましたか?
TOOBOE:声優という職業の方に曲を書いたのは初めてで、声の仕事をしている人が思っていることを書くという作業がすごく楽しかったです。僕が普段曲を提供している方は歌をメインとしてやっている方が多いので、とても新鮮に作れました。自分では歌いたくねー! ってくらい難しい曲なんですけど、それを気に入ってくれるなんて、イカれてるな~って思いました(笑)。
楠木:(笑)。大好きです! この曲。