小坂忠、ロック黎明期に育まれた細野晴臣との友情 生涯のパートナー 高叡華が“究極のベスト盤”のバックストーリーを語る

高叡華が語る、小坂忠と細野晴臣の友情

「幼馴染が帰ってきた」ミレニアムの再会

ーープライベートを含めた小坂忠さんと細野晴臣さんの関わりを語っていただきたいのですが、今回のベスト盤のライナーノーツに細野さんが寄せた原稿に、「小坂忠とはまるで幼馴染のようだ」と書かれていましたが、やはりお二人は同時代を過ごしたミュージシャン仲間の中でも、特別な関係だと思いました。年齢は細野さんが一つ上ですよね。

高:小坂の誕生日が(1948年)7月8日で、細野くんは(1947年)7月9日なんですよ。だから7月8日になると同い年になるわけです。その1日だけは小坂が「細野!」って呼び捨てにしてもいいなんて、ルールを楽しんでいましたね(笑)。

 細野くんが小坂のことを「幼馴染のよう」と書いてくれたのは、青春時代をプライベートも仕事も一緒に過ごして、私達がクリスチャンになって教会での活動に集中してからは、一緒に演奏をすることはなくなって……それで本当に久し振りに仲間達とともに仕事もするようになったから「幼馴染が帰ってきた」という感覚があるんじゃないでしょうか。長い付き合いの中では、特に距離が近かった頃、疎遠になった時期と色々ありましたけれど、小坂は友人として細野くんが好きだったし、プロデューサーとして、ミュージシャンとして信頼していたと思います。細野くんも小坂のことをボーカリストとして認めてくれていたと思いますし。ひと言でいえば……小坂は細野くんが大好きでした(笑)。

 私達が結婚して、狭山のアメリカ村(米軍キャンプの居住地区)に引っ越した時は、細野くんは裏隣に住んでいて、家族ぐるみで仲良くしていましたね。近所の湖に泳ぎに行ったり、ボウリング大会をしたり。お互いの家の台所が向かい合っていて、その間を糸電話でつないで「今日のおかずは?」なんてね。まあ、スマホもない時代でしたから、のんびりとしたものですよ。自然の中で、一緒にゆったりとした時間を過ごしていました。

ーー一般的な音楽活動から離れて約25年が経った細野さんとの再会、「幼馴染が帰ってきた」時を振り返ってください。

高:ちょうど2000年、ミレニアムの年でした。世紀が変わる前夜になるミレニアムはクリスチャンにとって大切な年だということもあり、二人で「何か新しいことをしたいね」と話していたんです。私が「一緒に音楽をやるとしたら、誰がいい?」と尋ねたら、小坂が「おみちゃん」と言ったんです。すみません、私達は細野くんのことを普段、「晴臣」の「臣」をとって「おみちゃん」と呼んでいるのですが(笑)、私からすれば「やっぱり」という気持ちでしたね。それで二人で細野くんのスタジオを訪ねたところ、ちょうどTin Pan(細野、鈴木茂、林立夫)のレコーディング中で、小坂もコーラスで参加することになったんです。 

ーーその流れから細野さんプロデュースの『People』が生まれるわけですが、当時は「より深みのあるボーカリストになって、小坂忠が帰ってきた」と高い評価を得ました。

高:小坂が70年代前半に活動していた頃は、自分の音楽が好き、小坂の歌が好きと思ってくださる方々の前で歌っていたわけです。いわゆるアーティストのコンサートって、そういうものじゃないですか。でも、クリスチャンになって以降、教会で歌ったり、養護施設や病院の慰問で歌う時には、自分のことをほとんど知らない人達の前に立つことになるんです。しかも、集まった人達の中で辛い思いをしている方がいたり、苦しい思いをしている方がいたら、なんとか励ましたい、元気を出してほしいと思って歌うわけです。こちらに振り向いてもらって、自分のメッセージを受けとってもらいたいという強い思いがある。その経験の積み重ねが彼の歌を変えたと思うんですよ。

ーー鍛えられるし、自分が何を伝えたいかが明確になったということですね。

高:教会の礼拝は毎週ありますから、歌う回数はミュージシャンの時よりずっと多いんです。だから当然鍛えられたと思います。一般的な音楽ファンにとっては、小坂が活動を休止していたように見えたかもしれませんが、実は『ありがとう』や『HORO』の時代より、何倍も歌ってきたわけです。

若い人達を受け入れる小坂忠の人柄とグルーヴ

ーーそういった経験を含めて、若いリスナーにも小坂忠さんの音楽が届くようになったのでしょうね。復帰後、バックを務めるのは佐橋佳幸さん、Dr.kyOnさん、高野寛さん、佐藤タイジさん(THEATRE BROOK)などひと回り若いミュージシャンが増えましたし、さらに若い、さかいゆうさん、オカモトショウさん(OKAMOTO'S)などが共演したり、曲をカバーしたこともあります。

高:もちろん歌の力もあるでしょうけれど、なんというか……彼のキャラクターが大きいんじゃないでしょうか。たぶん若いミュージシャンにとって、小坂は接するのが楽なんだと思うんです。彼は牧師でもありますし、心を開いてみなさんとお付き合いするのが当たり前になっていますので、彼の人柄に温かみを感じてくださるのだと思います。だいぶ年上の先輩だからといって、偉そうにするタイプでは全くありませんしね。だから若い人達も小坂の音楽へストレートに飛び込んできてくれたのだと思います。

ーー以前、同じ質問をさせていただいた時、高さんは「グルーヴじゃないかしら」とひと言でお答えになっていました。

高:細野くん達の演奏に小坂のボーカルが加わった時のグルーヴは、確かに今、聴いても古くは感じられないと思います。今回の『THE ULTIMATE BEST』でも、そこは感じていただけると思います。

ーーベスト盤以外にもリリースはありますし、親しかったミュージシャン達が集まるコンサート、本の出版もあります。こういった状況からも小坂忠さんが稀有な存在だったことが分かります。

高:小坂にはみなさんが知っているヒット曲があるわけではないのに……本当に申し訳ないような気持ちですし、ありがたいことだと思っています。小坂が貴重な存在だったとするなら、彼のようなシンガー&ソングライターがあまりいなかったからでしょうか。特に今の若い人達の中では一人で歌えるシンガーが少なくなった気がするんです。バンドに入っていないと歌う機会がなかったり、アイドルのようなグループ活動をする方々だったら、歌だけではなくダンスがセットになっていたり。こういう傾向は時代の流れだと思いますし、そんな中でも実力のあるシンガーはいらっしゃると思いますが、歌だけで人の心をつかむことはなかなか難しくなっているのでしょう。だから小坂の「歌」を今も愛していただけるのかもしれません。

 私達夫婦はお陰様で人の2倍の人生を歩んでこられたと思うんです。小坂自身も「ロックやポップスを歌う小坂忠と、教会でコスペルを歌う小坂忠は同じでありたい」と言っていました。作ってきたのは同じ音楽でも、違う環境を経験できたわけですから。小坂がエイプリル・フールを始めた頃、ロックは音楽業界の中で認められたジャンルではありませんでした。携わってくださったレコード会社のみなさんは新しい音楽を普及させるためにすごく苦労されたと思います。私達もクリスチャンになってから、同じ苦労をしました。どちらも変わらず「挑戦」だったと思います。

ーー根底にある思いが同じだとするなら、今回のベスト盤に収録されているロックもR&Bもゴスペルも、同じようにリスナーに聴いてもらいたいですね。

高:そう思います。どのジャンルの曲でも、同じ小坂忠の音楽ですし、彼の人生が表現されていると思います。

■リリース情報
小坂忠『THE ULTIMATE BEST』(選曲・細野晴臣)
CD2枚組、高品質Blu-spec CD2
2023年7月5日(水)発売
¥3,630(税込) MHCL 30843~4
ソニー・ミュージックレーベルズ
https://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?site=S&ima=3224&cd=MHCL000030843

「彼のために曲を作ったり編曲、演奏することは楽しみでもあり喜びでもあり、その多くは今回のプログラムにも選曲してあります。小坂忠自身による楽曲は磨けば光り輝くものがあり、「ゆうがたラブ」「I Believe In You」など全く飽きのこない秀逸な作品です。中でも「機関車」は彼の代表作と言ってもいいでしょう。狭山にいた頃、その「機関車」ができる過程を近くで見ていた自分にとっても忘れられない歌です。2022年から23年には思いがけず世界が変動し、同時に同胞が次々に倒れていきました。友を失うことはとても苦しく寂しいことですが、音楽がこうして残っていくことは素晴らしいことだと思います。そういう意味でこのような集大成を編纂することの重みを感じている次第です。とはいえ楽しい音楽です、どうかお楽しみください。」 (細野晴臣・「小坂忠/THE ULTIMATE BEST」特別寄稿より)

小坂忠『THE ULTIMATE BEST -Analog Edition-』
小坂忠の音楽人生を綴る究極のベスト盤<アナログ・エディション>
【完全生産限定盤】2LP2枚組
2023年8月5日(土)発売  
¥6,050(税込) MHJL-280
ソニー・ミュージックレーベルズ
https://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?site=S&ima=0847&cd=MHJL000000280

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