由薫、EP『Alone Together』はそっと差し出すような1枚に 「星月夜」のヒットで新たな気づきも
ドラマ『星降る夜に』主題歌「星月夜」が各チャートで1位を獲得し、一躍知名度を上げたシンガーソングライター・由薫。3月には『SXSW 2023』で初の海外ライブを行い、5月28日からは初ワンマンツアー『1st TOUR 2023“Alone Together”』を開催するなど、着実に経験を積み重ねている。そんな彼女がリリースしたEP『Alone Together』には、インディーズ時代に原型ができていた曲から今回新たに書き下ろした楽曲まで、「今が世に出すタイミング」だと思ったという4曲を収録。タイトルに込めた想いから、各楽曲のメッセージ、直近の活動を通じた新たな気づきまでを丁寧に語ってくれた。(編集部)
「星月夜」に色々な景色を見せてもらった
――今年3月に世界最大規模の音楽祭『SXSW 2023』に出演されましたが、初めての海外ライブはどうでしたか。
由薫:何もかもが刺激的で、すごく楽しかったです! 感情を前面に出してくださる方が多くて、楽しそうに声を出したり手をあげて踊ったり。その真っ直ぐなリアクションと、私もやり取りをするようなステージでした。お客さんと一つになってライブをしている感覚が強かったです。
――日本とリアクションの違いは感じました?
由薫:現地はコロナの雰囲気がほぼなくなっていて、みんなが音楽を自由に楽しんでいる感じでした。中でも日本と違うなと思ったのは、私は英語と日本語の両方を使って歌詞を書いているんですけど、日本で歌う時は日本語の歌詞を聴いてくれているのが伝わってくる一方、アメリカでライブをした時は、英詞部分の反応が返ってきて。日本と海外で歌っている時の感覚が逆転していたのが面白くて、色々と気づかされることが多かったですね。
――そういえば「星月夜」(テレビ朝日系ドラマ『星降る夜に』主題歌)の歌詞を一部英語バージョンで歌われていましたよね。
由薫:そうですね! 1番は英語で、2番は日本語で歌わせてもらいました。
――あの日、「星月夜」を披露する前に「日本のテレビシリーズのために書いた曲で。沢山のチャートで1位を獲って、それをとても喜ばしく思っています」と話していた通り、「星月夜」は各音楽チャートで1位を獲得し、この曲がきっかけで由薫さんを知った人も多いと思います。楽曲がヒットしたことによって、心境や環境の変化はありましたか?
由薫:生活はあまり変わっていないと思うんですけど、やっぱり「星月夜」自体の力がすごくあるなと思っていて。もちろんドラマの曲としても聴いてもらえているし、ドラマとは関係ないところから知ってくれた方がいるのも、私にとっては大きな驚きでした。あとは、私のことを知っていても知らなくても、ステージで「星月夜」を歌った時にみなさんが聴き入ってくれるんですよ。この前フリーライブイベントに出演したんですけど、「星月夜」を歌っている時に遠くにいた人が足を止めて聴いてくれているのが見えて。自分自身もこの曲にいろんな景色を見せてもらったし、歌う状況によって新しい感情が引き起こされるんです。それはアメリカで歌った時も同じで。「後半の日本語パートは言葉が分からないところもあったけど、由薫の伝えようとしてる感情が伝わってきた」と海外のお客さんに言ってもらえて、それはすごいことだなって。
『Alone Together』は“みんなで一人ぼっち”という意味にもとれる
――そんな『星月夜』のリリース後、4月にはデジタルシングル『Blueberry Pie』を発表し、早くもデジタルEP『Alone Together』も完成。今作を作る上で、どんなイメージや構想を考えていましたか?
由薫:まず、EPのタイトルを先に決めて曲ができたわけではなくて、先に曲を並べて後からタイトルをつけたんですね。「Swimmy」だけは新しく書いた曲なんですけど、他の4曲はインディーズ時代に書いていて。その中から「今が世に出すタイミングだな」と思う楽曲を収録しました。パッケージした結果、今リリースする必然性を強く感じる5曲になって。「この共通項って何だろう?」って考えた時に、『Alone Together』というタイトルが浮かんできました。なので「こういうコンセプトで、それに沿った曲を聴いてもらおう」というよりも、この曲たちを今このタイミングで出してあげようっていう気持ち。「こんな曲があるよ」と、手渡すような1枚になっています。
――未発表の過去曲の中から、収録曲を選ぶ基準はなんだったのでしょう?
由薫:私は音楽をする人として、進化していきたいと常々思っていて。自分なりに「こういう風に展開していきたいな」って気持ちがあったり、最近は楽曲の作り方もどんどん変化してる中で、先ほども言ったように、このインディーズ時代の4曲と「Swimmy」を今リリースすることに意味があるんじゃないかと思ったんです。ここでリリースしたら、きっと次のステップに進んでいけるんじゃないかな、と前向きな気持ちで選びました。
――改めて、タイトルに込めた思いを聞かせてください。
由薫:曲の中で愛や恋がテーマになることは多いと思うんです。そういった意味でも「Alone Together」は大事なコンセプトだなと思っていました。そして何より「Alone」と「Together」って、反対の意味を持つ2つの言葉が1つのフレーズになっているところが面白いし、その矛盾してる感じが私という人間にフィットしてるような気がするんです。直訳すると「二人きり」ですけど、「みんなで一人ぼっち」って意味にも取れるし、「一人ぼっちだけどみんなといるよ」という意味にも取れる。それは今の時代性だったり、私自身のタイミング的なことだったり、いろんなことがその言葉に繋がるなって。さらにリリース後には、初めてのワンマンツアー(『由薫 1st TOUR 2023“Alone Together”』)を開催するんですけど、きっとステージから皆さんを見た時に、それぞれ違うところから来た、いわゆる「Alone」の人たちが、私のライブによって「Together」な状態になっているはずなので、感動するだろうなって。そんなことを想像しながら、EPのタイトルをこの言葉にしようと決めました。
――前回のインタビューで僕は、インディーズ時代に作った「170」で〈四角い空にはもう飽きた〉と歌っていた人が、「星月夜」では〈星降る夜に/ただあなたに会いたい〉という、同じ空を見て違う感情を持つようになったことにすごくドラマを感じました、とお伝えしました。今回のタイトルもそうで。子供の頃に海外から日本に帰国して、周りと馴染めずに孤立し、音楽活動の中でも「Alone」を抱えていた由薫さんが、今では多くの人の耳や目に触れる機会が増えていって「Together」という言葉をつけた。そこにもすごくドラマを感じました。
由薫:ありがとうございます。まさに、それもすごく大切な意味の一つですね。
――先行配信された「Swimmy」は、「自分の気持ちなんて、他人に分かるわけがない」と思っていた少女が、ギターを手にしたことで「分かり合いたい」と違う感情を持つ楽曲ですね。この曲はどんな思いで作られたんですか?
由薫:私はライブをするのがすごく好きで。「セットリストにこういう楽曲が欲しいな」というイメージが、「Swimmy」を作るヒントになりました。やっぱり、たくさんの人が純粋に楽しめる曲になったらいいなって思いがもともとあって。最初にメロディを作って、どんな歌詞を乗せようか考えた時に、瞬発的に出てきた言葉が〈手と手 今 目と目 空 染め上げた〉でした。そういう自然と湧き出てきたものは、大事にしようと思って。実は、ブリッジのところでも「Alone Together」というナレーションが入っているんです。「一人ぼっちが一緒になったら強いんだ」っていう、シンプルなメッセージなんだけど、それを一つの曲として形にしたいなって思ったんです。何より、自分が音楽をやるかどうか踏ん切りがつかなかった時を思い返して「結局は悩んでる時点で、自分はそれをやりたい気持ちが溢れていたんだ」と気づいた瞬間をメジャーデビューから1年が経った今のタイミングで曲にするのはいいなと思って。いろんなことが合わさって、本当に気づいたら形になっていました。
――私小説的なアプローチとしては、「Swimmy」もそうだし「ヘッドホン」も対になってますよね。
由薫:そうですね。「ヘッドホン」もすごく『Alone Together』だなと思っていて。元々はライブハウスで歌うために作ったんですけど、こういう曲を書いた時点で私も少しずつ「Alone」から「Together」に向かっていたんじゃないかなと思って。ただ、最初はそれぞれの曲が全然違う方向を向いてるから、1枚の作品として受け取った人は戸惑うんじゃないかな? とも思ったんです。でも、実はそれぞれの曲が呼応してるというか、1つの繋がりになっていて。結果的にいい流れを生んで、作品としてもまとまったと思います。
――そして今作で一際異彩を放っているのが「欲」ですよね。初めて聴いた時に「Poison berry」の頃の由薫さんを感じたんですよ。
由薫:そうだ! 「Poison berry」も聴いてくださっていたんですよね。まさに「Poison berry」があって「欲」があるという脈絡なので、おっしゃる通りですね。
――「欲」を作っていた頃の楽曲って、怒りとか反抗心の部分が強かった。その時期に書いた曲をインディーズ時代にまとめて出していたら、尖ったパワーの作品になっていたと思うんですよね。
由薫:(深く頷いて)そうですね。
――でも、多くの人に知られるようになった今、「Swimmy」とか「ヘッドホン」のような「自分は音楽を発信してどうなりたいのか」を歌った曲だけでなく、「ここに至るまでに、どれだけの逆風に吹かれて、どんな覚悟を持って進んできたのか」というコアなバックボーンを描いた「欲」があることで、由薫というアーティストの厚みを感じて。本当に今出すべくして書いていた曲たちだったんだな、と思いました。
由薫:そう言っていただけると嬉しいです! 「欲」を投入することによって、どんなリアクションをもらえるのか想像できないところがあったんです。「欲」って「星月夜」とはまるで違う世界観じゃないですか。でも私が曲を作り始めたきっかけは、それこそ一人ぼっちでいた時、うまく言葉にできない気持ちを言葉にすることで、自分に納得できたり向き合えたりした。「星月夜」へ繋がっていくのに「欲」は間違いなく必要なステップであったはずなので、それこそ『Alone Together』というタイトルの元で「欲」が入ってくるのは、ちょっと違和感があるかもしれないけど、でも結果的にしっくりくる。それにデモだったものが編曲によって、とても豪華な雰囲気になって。歌詞もメロディも当時と変わってないですけど、こんな豪華な楽器の中でこの泥臭い歌詞が乗るのも面白いなと思っていて。そこの面白みを、聴いてくれた人にも感じてもらえたら嬉しいなと思います。
――『Alone Together』に込めた内側のメッセージは「Swimmy」「ヘッドホン」で感じる一方、このタイトルを情景的に映したのは「ミッドナイトダンス」だと思ったんですよね。
由薫:そうですね。これは『Alone Together』の“二人きり”という意味を担う曲であり、私の好きな世界観とか雰囲気をお見せしている楽曲で。ライブハウスでギターの弾き語りをしていた頃に書いたんですけど、今回編曲してもらったら、かなり印象が変わりまして。〈現実はどっちだろう〉って歌詞があるんですけど、アレンジ後のバージョンを夜に歩きながら聴いていたら、本当に視界がグワングワンしてきて「あれ? 何が現実なんだろう?」みたいな感覚に襲われて、その瞬間に「この曲の完成形はコレだ!」と確信を持てたんです。「ミッドナイトダンス」は編曲のおかげもあって独特の世界観になりました。先ほど話した『SXSW 2023』の1曲目でも「ミッドナイトダンス」を歌ったんですが、『Alone Together』でも最初に聴いてもらいたかったので1曲目に入れました。