くじらのアーティストとしての強みが凝縮された2ndワンマン 観客に伝えた“1人じゃない”というメッセージ

 会場である渋谷・Spotify O-WEST。客席に入ると目の前には“スペシャルなリビングルーム”が広がっていた。

 1人掛けのソファ、いくつもの間接照明、観葉植物、そしてドラム、アンプ、キーボード、ギター、マイク……。部屋の窓が開けられていて、街の雑踏が流れ込んでくる。部屋の主はまだいない。部屋は幹線道路沿いにあるのか、行き交う多くの車の音が大きくなっては消えていく。そんな“彼”の部屋を思わせるステージセットのバックには、大きなスクリーン。スクリーンには、シングル「キャラメル」のジャケットに通ずるリビングの風景がイラストで描かれており、窓のロールカーテンが風で揺らいでいた。

 2023年5月13日、土曜日。Spotify O-WESTにて、アーティスト・くじらの2ndワンマンライブ『生活を愛せるようになるまで』が開催された。チケットは完売。満員の観客が“部屋の主”の登場をざわめきながら待っている。客席が暗転し、雑踏の音にメランコリックな旋律のピアノが重なる。歓声。ダンサブルな打ち込みのビートが入ってきて、客席からクラップが起こる。ドラマティックなSEの中、くじらがステージに姿を現す。オープニングを飾ったのは「キャラメル」。バックのスクリーンの映像、そしてセットも含めての“予感と期待”を描いた演出に、1曲目から、くじらというアーティストのプロデュース能力の高さとこのライブに対する想いを感じた。

 最初のMCで「今日はお越しいただきましてありがとうございます」と感謝の言葉を口にした後、1stワンマンライブの経験から「水分補給だけしっかりして、自分の体調には気をつけて」と満員の観客を気遣う。この日のMCで何度か同様の言葉を口にしたくじら。観客に楽しんで帰ってほしいという強い思いが伝わってきた。

 ミディアムチューン「呼吸」では、Aメロでは低音のウィスパーボイスのようなアプローチを見せた後、サビでは一転、ロングトーンでビブラートをかけ歌い上げる。自分のレンジの下と上、両方ギリギリで見せたコントラストが、じつにエモーショナルだった。続くピアノと歌声のみのバラード「四月になること」では、言葉を丁寧に紡ぐ。吐く息まで丁寧にコントロールするその姿は、くじらというボーカリストの音楽に対する姿勢を表しているようだった。

 バンドメンバーを紹介した後、満員の観客に「すげぇいっぱいいる、ありがとうございます」と笑顔を見せる。関東圏以外から来た人は? という問いに、たくさんの手が挙がり驚く表情を見せると、東京という街に対する自分の中での違和感を説明し、でも便利でなかなか離れられないと言ったくじら。そんな日常の中で「自分ってなんなんだろう、自分ってなんで生きているのかなと、どんどん内に入っていきます。そういう心の揺らぎの話を2023年は歌っていこうかなと思います」と結んだ。

 そして「東京」など3曲を披露した後、バックスクリーンで観たMV映像について「大画面で観てやっぱすごくいいなと思った」と述べた後、アルバムタイトル『生活を愛せるようになるまで』を冠したライブをやるにあたり「このライブなら絶対にやるよねと思うような曲をやろうと思います」と次のブロックへつないでいく。このブロックは、ボーカリスト・くじらの見せ場が満載だった。

 「ジオラマの中で」は、90年代以降のシティポップを彷彿させる1曲だが、バックサウンドと歌のメロディが並行しておらず、雰囲気で聴かせる、彼のマニアックなサウンド作りを堪能できる1曲だ。この曲でも安定した音程を聴かせる。聴き手にメロディを印象づけるためか、他の曲よりも言葉のイントネーションをはっきり発していたように感じた。後半のロングトーンで、ステージにしゃがみこみ歌う姿もとても心に残った。続く、イントロのギターが原曲よりもニューウェイブっぽく鳴らされていた「薄青とキッチン」は、1番のAメロからサビへ転調してもオクターブ上のファルセットのままで歌ったが、2番ではグラデーションをかけるように地声を多くしていくというスキルを見せた。繊細なピアノの旋律とドメスティックなメロディが優雅な起伏を描くバラード「ひかりをためる」では、地声の部分を少し強めに出していて、それがいいフックになっていた。

関連記事