The 1975は今、バンドとして最高の状態にある 極上の音楽と親密なコミュニケーションで魅了した来日公演初日

 「It's Not Living (If It's Not With You)」で何度目かクライマックスを迎えた後、フロアライトをマシューが自ら点灯し、ロッキンチェアーに着席する。橙色のリラックスしたムードで「Sincerity Is Scary」へ。常夜灯の慎ましさと暖かみで親密さを演出するという、最小限のステージングで楽曲の魅力を最大限に引き出していた。傑作「Love It If We Made It」では、MVを踏まえたメンバーの影が壁に映る演出が取り入れられていた。これも簡素なステージであるがゆえに洗練されていたように感じた。

 この日のハイライトは「Guys」がワンコーラスだけ弾き語られたあの瞬間だろう。セットリストにも存在しないため、その場での気まぐれだと思われる。だからこそ、〈the first time we went to Japan was the best thing that ever happened〉と歌った瞬間は感慨深い。そのまま「I Always Wanna Die (Sometimes)」を壮大に歌い上げ、「The Sound」では終盤にもかかわらずがなり声で観客に飛び跳ねるよう煽るお決まりの流れで地面を揺らす。開演時から全く乱れない歌声の安定感は最後まで驚異的であった。ラスト2曲、「Sex」と「Give Yourself a Try」は4人だけのむき出しの演奏であっという間に駆け抜ける。アンコールなし。潔くステージを去った後の会場を、シャロン・ヴァン・エッテンがカバーする「The End of the World」が包んでいた。

 今回の来日ツアーは特別である。過去最大規模のツアーで、この追加公演までソールドアウトしたことからも分かる通り、これまで以上に多くの人が彼らのことを心待ちにしていた。しかし、中にはこの日の空模様と同様にどんよりした複雑な想いを抱えていたファンがいたことについても触れておかなければならない。それはその日が月曜日だったからではなく、単刀直入に言えば、マシューがゲストとして出演したポッドキャスト番組での「差別発言」の件によるものだ。日本人がやり玉に挙げられていたことから、時にセンセーショナルな見出しで国内でも騒がれたが、厳密にはマシュー自身がそういう発言をしたわけではない。しかし、差別に同調していたという批判は成り立つ。

 現在、番組の当該エピソードは削除されているようだが、なかったことにはならない。「君たちはとても誠実で多分これまで会った誰よりも敬意のある人々だ」や、「日本語が話せなくてごめんね。次は頑張ってみるよ」、「日本を愛しているし君たちはクールだ」というMCにはぎこちなさと歯切れの悪さがあった。しかし、相互に何かを与え合う空間がそこには確かに存在していた。オーディエンスが拍手と歓声で迎え入れ、彼がそれにパフォーマンスで応えた瞬間、ただそこにあった何かである。音源を忠実に再現した演奏から時折溢れ出てしまっていたバンドのエモーションのように、そういった親密な瞬間があったこと自体は誰にも否定できないはずだ。

 The 1975にとって日本のオーディエンスは大きな役割を果たしてきたし、互いに信頼関係を築き上げてきた。それを支えてきたこれまでのファンと、今回増えたであろう新たなファンによって、この歴史もしばらくは続くに違いない。そう思わせるのに充分なくらい、ライブバンドとしてのThe 1975は最良の状況にある。

連載「lit!」第32回:2022年にロックの有効性を高めた新たな動き The 1975、米津玄師……国内外の象徴的な作品を辿る

週替わり形式で様々なジャンルの作品をレコメンドしていく連載「lit!」。今回は2022年を象徴するロックの作品をいくつか挙げてい…

連載「lit!」第26回:米津玄師、Vaundy、Måneskin、The 1975……再燃するロックシーンの最前線を象徴する5作

週替わり形式で様々なジャンルの作品をレコメンドしていく連載「lit!」。第26回となるこの記事では、「2022年、ロックの現在地…

関連記事