ショーン・メンデスの歌声が映画に与える奥深さ 『シング・フォー・ミー、ライル』観客を夢中にさせる音楽のパワー

 筆者はよく思うのだが、最近の映画はとにかく説明が多すぎる。ややこしい設定を観客に理解させるためのトリセツが、どんどん長尺になっている気がしてならない。もちろんそれは作品にアクセスするための重要な手続きなのだが、こちとら手っ取り早く映像的快感に身を浸したいわけで、イライラさせられることもしばしばである。

 余計な説明はいっさいナシで、観る者を映画の世界に連れていってくれれば最高 of 最高。3月24日より公開中の『シング・フォー・ミー、ライル』は、間違いなくその要件を満たした作品だ。バーナード・ウェーバーの絵本『ワニのライル』を映像化した本作は、歌でしか想いを伝えられないワニのライルと、孤独な少年ジョシュとの心の交流が、ミュージカル仕立てで描かれる。

 なぜワニのライルは歌を歌えるのか? この最大の疑問に対する説明はない。説明はないけれど、我々観客は本能的にその理由を察知している。ワニであろうと何だろうと、歌うことは楽しいから。『シング・フォー・ミー、ライル』に登場する楽曲のパワーが、DNAレベルで鑑賞者の心を掴み、納得させてしまうのである。

 例えばこの映画には、ライルがお風呂で「Sir Duke」(「愛するデューク」)をノリノリで歌うシーンがある。言わずもがな、スティーヴィー・ワンダーが1976年に発表したアルバム『Songs in the Key of Life』に収録されている超有名ナンバー。“デューク”(公爵)の愛称で知られるジャズ界の巨人デューク・エリントンに捧げられた曲で、歌詞にはカウント・ベイシー、ルイ・アームストロング(サッチモ)、エラ・フィッツジェラルドといった名前も登場する。

 音楽はそれ自体が一つの世界であり、共通言語。誰でも歌ったり、踊ったり、手拍子できる。Aメロで、スティーヴィー・ワンダーはそんな想いをゴキゲンに歌い上げる。もはやこのナンバーは、デューク・エリントンや他のジャズ・レジェンドに対する謝辞ではなく、音楽そのものに対する謝辞と言えるだろう。だからこそ我々観客は、ワニのライルが歌を歌うことを素直に受け止め、音楽そのものの愉悦に身を浸すのである。

 そんな『シング・フォー・ミー、ライル』の使用曲をコンパイルしたサウンドトラックもすでにリリースされている。サウンドトラックの2曲目に収録されているピート・ロドリゲスの「I Like It Like That」は、ソウルとラテンが混交したブーガルーミュージックの代表的なナンバーだし(カーディ・Bがカバーしたことでも有名)、9曲目に収録されているThe Gap Bandの「Steppin' Out」は、腰が勝手に動くファンクチューン。そして映画のラストを飾るのは、エルトン・ジョンの「Crocodile Rock」。歌ったり踊ったりしたくなるナンバーのオンパレードなのだ。

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